自分が縮んでいく、素敵な気配。
久しぶりに、少し文章をば、書いて見ませうね。
色々振り返って、やっぱり結婚は大きな転機だったなーと思うわけ。
我が家は、お互い気が強いので、よく、バチバチやる。バッチバチ!!
季節行事みたいになってる、大げんかは、もう大変。
もちろん、そのぶん、普段は、相当に中良しなんだけども!
僕は、人間関係フェチみたいなもんだから、
完全にわかりあい、完全に分かち合い、完全に愛し合いたいと、思ってんだよね。
「こんなもんだよなー」とか「まあいっか」としないので、
そこが、なかなか、大変なんだと思う。
けれど、それも全て、僕にとっては、愛ってやつを学ぶプロセスそのもので、
自分の価値観や常識やあり方が解体され、再構成されていく中で、
僕は、僕へと戻って行ったのだ。
さて、そんなプロセスに夢中になっていたら、(それが理由かわからんけど)
収入面では、結構グダグダになった3年でもあった。
思えば、起きたい時間に起き、気が向いたら何かする。気楽で、面白い生活。
正直、素敵だったな。
収入がなければ、ないなりに暮らせばいいし、
空を眺めれば、そこに、幸せはあった。
毎日を生きること、その瞬間を生きることに幸せは満ちていて、
浅瀬に波は立とうとも、深海にはいつだって、暖かな幸せがあることを、
はっきりと理解した日々でもあった。
けど、そんなことも言ってられんなー どうしよかなー とか
なるほど、ただな〜んもしないでいると、お金ってやつは入って来ないものなのかー とか思ってたら
一緒に、立ち上げようとしているビジネスの資金調達の話から、大炎上。
日付をまたいで、深夜3時まで大げんか。
しかも、来客中!
しかも、来客は、インド人とベトナム人。
2名、ドン引き。
でも、でも、でも、でも、そんなの関係ねー!
とばかりに、大声で罵り合う我ら。
その中で、刺さった一言。
「あなたが偉そうに言ってることで、あなたが全然うまく行ってないじゃん!」
もちろん、ぶっちぎれだよね♪
けどね、その時に、僕の心を風が吹き抜けてた。
表面的には、応戦中なんだけど、その一つ深い層で、思わず、笑っちゃってる自分がいるの。
その通り!ホントその通り!ワッハッハー 須藤峻、残念!!!
その瞬間、新たな自由を感じたんだよね。
知らず知らずのうちに、僕は、僕の提唱する理論、やり方、生き方、哲学・・・
そこに何かのプライドや、正義や、素晴らしさ・・・そういうものをなすりつけて、
「自分」や「自分の能力」に執着していたんだなってわかった。
言われちゃったら、仕方ない!認めるしかないよね。
自分の才能だとか、知性だとか、自尊心、良く見せたい!と言う思い・・・
「自分が、僕が、俺が」って言う部分が、解けていく。
自分がほどけていく。
その瞬間、ハートセンターが活性化した感覚を覚えている。
ハートセンター(ハートチャクラ)は、免疫系と連関している。
免疫系ってのは「異物」を感知する機能。
つまり、自分と他人の区別、主客(自分と世界)の分離にまつわるテーマよね。
(ちなみに、人が愛しあう時、キスをしたりセックスをする時ってのは
免疫系が一時ストップして、相手を、”異物”ではなく”自分”として受け入れる。
つまり、他者と自分の分離機能が停止するらしい。
だから、ハートセンターは、愛=統合を司ってるわけだ)
だから、自分、自意識、自我、そこへのこだわりが解けていくと、
世界と一つになって、守るべき自分も、見せるべき姿も、消えちゃうんだよね。
思考が、消えていく。ジャッジが消えていく。
何が良いだの、悪いだの、傷つけただの、傷ついただの、
なんだか、深刻に考えすぎてた気がするね。
人生なんて、全て、笑いごと。
分かり合えないってこと、誤解が関係性を壊してしまうこと、
気持ちがすれ違ってしまうこと。うまくいかないこと。
こんなにも、楽しいことはないんだな。
不可能性、できないこと、思い通りにならないこと。
それが、人生で、一番面白い部分。
それをやりたくて、やりたくて、仕方なくて、
生まれて来たのを思い出したわ。(そんな気がするだけだけど)
夫婦で、1つの事業をやるってなると、
まあ揉めることも、一つや二つ・・・(百か千か?)あろうもん。
けれども、それが一番面白いとこじゃね。
さてさて、来月、ついにインドです。
ラジャスターン地方のジャイプール付近で
いよいよ、テキスタイルビジネスの現場へ飛びますよん!!