「あー疲れた・・・」と言われて、
疲れを解消する方法を教えてあげると、
「うーん、そうね・・・」と全然ヒットしない。
さらには、「そんなこと、できない」と、不機嫌になったり
ついでに「あなたは気楽で良いよね・・・」くらい言われたりする。
あら・・・こちらとしても、わざわざ時間と労力を裂いて、
情報を提供したんじゃい、良かれと思って言ったんじゃい!
もう知らん!気分が悪いから、「疲れた」とか言わないでほしいわ・・・
あーなんか、損した気分。
なんて、こと、ありますよね。
このよくある行き違いの原因は、メタメッセージの伝達ミス。
相手が「疲れた」という言葉で表したかったのは
「もーやだ、うまくいかない、心配してくれ」って言葉。
この表面に見える「疲れた」という言葉がメッセージ。
真意である「もーやだ、心配してくれ」ってのがメタメッセージ。
コミュニケーションの不調というのは、
このメタメッセージのやりとりが、うまくいかない状況。
さて、どうやってそれを聞き取る?
って話はまた今度。
今日、この話から引き出したいのは、
「心と言葉を一致させる」というテーマ。
それは、「疲れた」をやめて、
「もーやだ、うまくいかない、不公平だ!最悪だ!やめたい」と、
きちんと口にするということ。
「疲れた」という、当たり障りない言葉を使うとき、
自分を偽ったぶんだけ、ズレた状況=望まない状況を引き寄せる。
例えば、「疲れないために、○○しなよ!」なんて「助言」を受けてしまったり、
「あのさ、疲れた疲れた言われると、こちらも気が滅入るんだよね」と
批判されてしまったり。
そこで、「わかってくれない」と口をとがらせても仕方ない。
原因は、「言葉をちゃんと使わなかった自分」にあるんだ。
そう、重要なのは、「疲れた」というきれいな言葉に、逃げないこと。
心(もうやだ)と言葉(「もうやだ」)を一致させること。
それをする時、僕らは抵抗を感じる。
なぜなら、僕らは「もう嫌だ!」なんて言ってはいけない!と教わっているから。
そう、それは「わがまま」なのだ。
そして、「疲れた」は、良い。
「おつかれさま~文明」の日本では、「疲れた」と口にすれば
わがままでなく、「正当な弁明」として許容される。
だから、僕らは、無意識のうちに、
きれいな言葉=社会的に認められる言葉を選択する。
でも、それが混乱の原因。
それは「本当の自分自身の声」よりも、「社会に認められる事」を優先するという態度。
それをしていくと、僕らは、自分をどんどんすり減らし、どんどん失っていくことになる。
だから、
自分自身の本当の声を、ちゃんと、そのまま、
きれいにお化粧せずに、言葉にすること。
・もうやだ
・なんか、やる気がなくなった
・やめたい
そんな心のままに、言葉を使う。
それをちゃんとやっていくと、
自分がいかに、それまで、自動的に言葉をきれいにしてきたかが、わかる。
そして、そのきれいに飾った言葉を、自分の心の声だと、思い込んできたことが、わかる。
長い事、きれいな言葉に変換し続けていると、
僕らは、自分の本当の声すら、聞こえなくなってしまって、
本当に、「自分は、疲れたのだ」と思い込んでしまう。
だから、これは、自分の心の声を知る練習であり、
自分の心との、関係性を取り戻す、プロセスになる。
さて、じゃあ勇気を持って、心の声を口にしよう!
・・・ということではないのです。
ここは、ちょっと注意が必要。
なぜ勇気が必要なの?
それは、「わがままを口にするのは、ダメだけど、頑張ってやってみよう」
と思っているから。
そうではなく
「自分の思っている事を、そのまま口にすることで、きっとうまくいく」
「自分の思っている事を、そのまま口にすることで、きっとわかりあえる」
ということを、「知る」のだ。
・・・そういえば、思ったことそのまま口にしたら、
あの時、うまくいったっけ・・・
なんて事、思い出せたら、しめたもの!
そうしたら、「自分の思っている事を、そのまま口にする」という行為に、
いっさいの勇気はいらない。
自然に、心を口にできる自分になっている。
give it a try !!
さて、もうひとつ。
時々、「ネガティブな言葉を使ってはいけない」という人がいるけど
それも、少し違うと思う。
そもそも、ネガティブな言葉・・・など、存在しないのだから。
すべての言葉は、ネガティブでもポジティブでもない。
例えば、「バカ」という言葉
・おまえほど、バカな人間は、見た事がない。
というと、ネガティブな気がする。でも
・おまえ、バカだなあ
と親友に悪づく時、それはとってもポジティブに響く。
すべては、「文脈(コンテキスト)」で決まる。
つまりは、言葉に乗っているエネルギーの問題なんだね。
この言葉のエネルギーは、
結局のところ、言葉と本心が一致しているかどうかで決まる。
誰かに、「疲れた」と言われて、なんか嫌な気持ちになったりするのは、
本音と分離した言葉を受け取るから。
この、「分離のエネルギー」を受けると、
自分の中の「分離している部分」が共鳴する。
自分で許せていない自分、自分の感情、自分の思考・・・
そして、自分の中にある分離の圧力・・・
それらが、共鳴し、顕在化してくる。
逆に言えば、「心と分離した言葉」を使うと、
相手の中の、分離した部分にアクセスすることになる。
だから、必ずと言っていいほど、相手の本音でない部分につながってしまい、
関係性が深まらないし、不愉快なコミュニケーションが成立してしまう。
だから、
あれ・・・なんか、会話が上滑りしているな・・・
思ったように、つながっていかないな、嫌な気持ちになってきた
ぐったりしてきた・・・
そんな事を感じたら、「自分の心と言葉の分離」をチェックする。
分離したモノを差し出したら、分離したものが還ってくる。
自分の中を統合して、本音を口にすることを許し、言葉を届ければ
必ず、本当のその人とつながれる。
そして、自分の本来の感性をさらに深めていける。
そんな風に、自分の心と言葉を一致させていきたいなと思います。