私は、ようやく大学のトップと話す場を設けて頂けるようになった。
気づけば、小さなきっかけだったが、大学側も動かすことが出来た。
そして、学部の代表者が集まり、大学教育に関する座談会が開かれた。
以外にも、そこに集まってきた方々は私と同じように教育に関する強い意志を持ち合わせいた。
嬉しかった。
みんな思っていたんだ。
でも、実行しなかった。
大学側と学生の間に機関を作ることの重要性がより解った。
大学側もこの少子化時代からの大学経営の難しさなど考えていて
積極的に立ち上がる人達を待っていたとも言っていた。
大学生の質は、落ちていると思う。高校時代まで、先生が何でもしてくれたからだ。自分で調べ、自分で考え、自分で行動する。そういったシステムが日本の教育には、無かったのかもしれない。あったとしても、人任せにする若者が多い。その若者は私でもあった。他人や家族の姓にしたり、授業が面白くないからあの講座はダメだとか。もっと良い先生がいるのに。とか。すっごく人の姓や環境の姓にしていた。
ふと、人生を振り返り、それは違うことに気づいた。
周りの環境が悪かろうが、他人がどうこうではなく、では、なぜ言わなかったのか?解りません。その説明は解りません。やりたいことを反対されて、親が許さなかった。とか、だからやりたかったけど、反対されたから。とか。親の姓じゃありません。親を納得させるだけの説明や情熱があったのか。私は、無かった。正直なかった。どう説明すれば解ってくれるのかも解らなかった。だから、私にはそれを決断できるほどの覚悟が無かったっていうことなのです。
誰かに何を言われても 曲げない志と
どういう状態になっても 生きていける準備
方法、失敗、経験、自分で生きるということ
それを理解した上で 力をつけるべきなのです
昔は、その力がなかったけど
年月が経て それは経験となり
力となる 環境も変化するが
それを変化させられるのも
自分自身
だけど、強くは、ずっといられないから
志が同じ同士を見つけて
協力したり、 ケンカしたり、 色々な経験をする
同じ志と同じ魂なら 一緒に乗り越えられる
喜びは 無限大に広がり
苦しみや悲しみは 分かち合い
共に また 仲間を増やし キラキラとしたオーラを放てるようになれば
おのずと 同士が集まる
自分の感性を信じて 突き進むと
誰の責任にもしない 己で決めた道と選択だから