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啓蒙という言葉を調べてみて

自分の歩んできた道が
まさに 啓蒙・使命に従い歩んでいた


▼私のサラリーマン時代の話
 私は、日本の教育に疑問を感じており、日本の教育を変えるという使命感に燃えていた時期がある。
実際私は、3年間を他人のために生きていた。そう思ったのだ。3年という期限を付けたのは、自分のために生きることを決意したからだ。ただ、今気づいていることを改善しなかったり、行動しなかったりして起きた現象は、己自身の責任だ。という強い意識があったからだ。だから、誰かがしないとダメになる。日本がダメになる。そう思い、私の3年間をそれに捧げた。

 ▽私が教育改革を掲げ始めた過程
幼い頃の私は誰かの姓にしたり、先生の教え方が悪いとか、色々理由を付けて人の姓にしていた。そういう子供だと、よく母親に言われていた。それを自覚し、認めたときから変わっていった。

 私が大学生の頃、やはり大学の教育制度に関しても疑問を持ち始め、「誰か一緒に大学革命しないかな。」「誰か一緒に声をあげてくれないかな。」「積極的に何か行動している奴はいないかな。」と待ちわびた。1年が経ち、2年、3年が経っていた。誰も来なかった。私は、落ち込み図書館の傍の通りを一人とぼとぼ歩いていた。ズボンの両ポケットに手を突っ込み、下を向きながら歩いていた。不意に、突っ込んでいた手を前にやってみた。そうすると、誰かに押されている気がした。足が一歩前に、そしてまたもう一歩進み始めた。凄く力強く前へ進んだ。

 その時、気づいたのだ。「誰かを待っていたのではなく、己自身を待っていた」のだと。

心の中では、「したい!」という願望があるけど行動にはうつさない。私も含めそいう人が大勢いると思う。

何かをするとき、何かに気づいたとき、何かしたいなと思ったとき、
なかなか勇気が足りなくて、後ろを ぽん っと押してくれれば、始められると思っている。
そんな人は、ズボンに両手を入れて引っ張ってみると良い。前に勝手に進んでくれるから。

その大きな「気づき」をしてからの私は、情熱と魂を燃やし 一人で大学革命をしはじめた。
何をしたかというと、まず初めに「入学当初、工学部長挨拶で学長が「私の部屋は、皆さんにオープンにしています。いつでも、相談に来て下さい。」と言っていたことを思い出し、普段登ったこともない階段を上り、大学関係者しかいない通路を渡り、学長室前まで来た。中に入ろうとすると、受付の女性に呼び止められた。「あの。ご予約はされていますか?」【いいえ、してません】「ご予約の無い方は、入れませんが。」【え?そうなんですか?学長挨拶で、良いっておっしゃってましたよね?】「申し訳ございませんが、ご予約をお願いします。」【では、学長に今伝えて下さい。】「今までに、あなたの様な方はいらっしゃなかったので。。」【では、どうしたら良いですか?】「すみませんが、ご予約を‥」

これが、行動したときの初めのエピソード。

私が行動したことにより、「何かが起きた」のだ。これをきっかけに私は、2年後学長と座談会という面談することになったのだが、それはまた今度のお話で。