地域の住民として、月に1度の挨拶運動で、校門の前に立つ機会があります。
 挨拶を返してくる子もいれば、挨拶を返せない子もいます。

 挨拶は、コミュニケーションにとってとても大事なものです。

 これは、社会人になっても必要になります。
 そのため、家庭でも学校でも、いろいろな場面で指導します。

 ただ、挨拶は大切だと教え、「だから、挨拶をしなさい。」と言っても、挨拶ができるようにはなりません。
 挨拶する場を作っても、挨拶ができるわけではありません。
 また、挨拶の仕方を教えたり、挨拶ができたからと言って褒めても挨拶ができるようになるとは限りません。

 挨拶には相手に対する感情が伴います。

 相手に対して、心を閉じた状態であれば、挨拶はできません。
 また、考え事をしたり、悩み事をもっていたり自分の内側を見ている時には、挨拶をしないで過ぎてしまうこともあります。

 このことから考えると、挨拶ができるようにするには、
 1 挨拶をすることに意味をもつこと
 2 相手に対して心を開くこと
 3 相手に焦点を当てること
の3つが大事だと思います。

 挨拶することが癖になっている人は、程度こそ差がありますが、この3つを備えているように思います。

1について
 挨拶することに慣れている人は、自分なりに挨拶について意味づけをすることができます。挨拶の体験がなかったり、少なかったりするとなかなか挨拶についての意味づけができません。意味づけができないと「どうして挨拶をしなければならないのか。」と負担感をもつことになります。
 腑に落ちる意味づけが子どもにできると挨拶をするようになります。

2について
 相手に対して心を開きなさいと言って心を開けるものではありません。
繰り返し相手と関わることにより、安心・安全だとわかった時に自然と心が開かれていきます。
 子どもにとって、地域の人は、よく知っている人というよりもよく知らない人の類になります。
 これには、時間がかかります。繰り返し繰り返し会うことで、知っている人にしなければなりません。

 知っている人となっても、挨拶ができるとは限りません。
 それが3つめの「相手に焦点が当たっていない。」になります。

3について
 目の前の人がいても、自分の内側を見ていると相手を見ているようで見ていないということになります。
 「めんどうだ」「はずかしい」という気持ちであったり、困ったことを抱えたり、面白くないことがあったりしても、これらはすべて自分の内側に目を向けていることになります。
 こちらから挨拶しても、子どもが目を向けたとしても挨拶はできません。
 
 1や2については、地域の住民として手助けはできますが、3については、なかなか手助けすることはできません。

 3についっては、親や担任など子どもの身近な人が子どもを気遣い、子どもの心と寄り添うことにより、変えることができます。

 挨拶一つについても、家庭でできること、学校でできること、地域でできることは、同じではありません。それぞれの立場で、子どもを見守り、育てるしかありません。

 子育てを家庭の問題と抱えるのではなく、子どもを社会の一員として、みんなで育てたいものです。