いよいよ三学期が始まる。きっと子どもたちの生活も学校モードに戻す努力をしている頃だ。宿題が出ていれば、それに追われる日々が始まる。
 宿題もそうであるが、私たちも含め誰にもしたいこととしたくないことがある。それでは、子どもがしたくなくてもするのは、何故だろう?
・叱られたくないから
・仕方ないから
・我慢しないといけないから
・やった方がいいから
・相手が喜ぶから
などいろいろな理由が考えられる。
 ここには、させる側とのずれがある。子どもにとってよいことだと思ってさせようとするが、その思いが十分に伝わっているとは思えない。
 例えば、宿題を忘れたならば、宿題を忘れたことを問題にする。やったかやらなかったかを問われることはあっても、宿題に対する思いが伝わったかどうかを問われることはほとんどない。それでは、いつこちらの思いを伝えているのだろう。ひょっとすると伝えずにいることが多いのではないだろうか。伝えなければ、子どもなりの理由からしたくないことをするしかない。
 子どもの行為ではなく、心に目を向けることが心を耕すチャンスとなる。三学期の始めに出される提出物に関わって、この心に目を向けて思いを語ってみてはどうだろう。
<できたとき>
 私の思いが伝わったと考えれば、「わかってくれてありがとう。」、したことで成果が上がったと考えれば、「よく頑張ったね。こんな力が付いたね。」となる。(感謝と笑顔で子どもに接しられる。)
<できなかったとき>
 私の思いが伝わらなかったと考えれば、「伝わらなくて残念だ。」とか「やってくれると信じていたのに残念だ。」、成果が上がらないと考えれば、「なかなか力にならないから心配だ。」となる。(信頼と愛情を子どもに伝える機会となる。)

 できてもできなくても、子どもたちに思いを伝えることで次の取り組みに繋げることができる。
<できたとき>
「そうか、先生はそんな思いでいたのか。」「やってよかった。」「やっぱり、そうなんだ。」と子どもが思えば、次から教師の思いを意識して取り組むことができる。
<できなかったとき>
「しまった。先生の期待に応えられなかった。」「そうか、私のことを心配してくれているんだ。」「信じていてくれたんだ。裏切ってしまった。」と思えば、次は失敗しないようにしようとして取り組むことができる。
 どちらにしても、子どもたちの心に目を向けると子どもがしたくなくてもする理由を変えるきっかけとなる。繰り返し伝えることで、理由を変えることもできる。
 子どもたちの行為の裏にある心に目を向けると働きかけも違ってくる。