自ら考えた子どもが、自らよりよい判断するための材料を集めるのも学びである。自分の考えに不安があるとき助けを求めるために聞く。自分の考えがよいかどうか問うために話す。仲間の考えを聞き自分の考えを改めたりよりよいものにするなど個々の学びがある。(授業の展開部
)ここでは、自分勝手に学びを進めることはできない。互いの考えを聞きながらよりよい考えを自分の中に作り出す作業がある。その活動を支える教師の役目は大きい。
自分に自信があり、正しいと考えている子の中には、仲間の考えを聞こうとしない子がいる。(「わかっているのになぜ話し合いをしないといけないのか?」と考える子)
逆に、自信がなくてみんなに付いていけないと諦めている子も仲間から学ぼうとはしない。そして、自分の世界にいることが多い(「どうせ私にはできない。」「やってもできない。」と考える子)。いろいろな子どもがいる中で、どの子にも仲間と一緒に学習を進めることのよさに気づかせなければならない。
<仲間と一緒に学習すると>
・仲間と関わることで自分の判断が確かになる。(自信がもてる。)
・自分の判断が仲間の役に立つ。
・判断していく過程は様々であり、1つではないことが分かる。
・判断する材料が少ないと誤った判断をすることがあることも分かる。
・判断できないでいる自分なら、何が足りないのかが見えてくる。
・判断するための見方や考え方が見えてくる。
・判断するまでの跡をたどれば自分でも判断でき、見通しがもてる。
教師自身が子ども一人一人の考えを尊重し、判断する材料を一つ一つ提供してくれているととらえ、ねうちを語ることが大事になる。
・子どもの発言の後に「いいです。」と一斉に言わせるのは間違い。いいかどうかをみんなでどう判断するか決めることが学習だと伝えたい。(すでに子ども自身が判断していて、話し合う必要がない。「あの子と一緒だ。私の考えでいいのかもしれない。」「他の子はどう考えたのだろう。」と考えさせたい。)
・「人の話を聞きなさい。」ではなく、「どの子の発言も聞くだけのねうちのある発言。だから、聞き逃してしまってはもったいない。」と伝えたい。(もったいないと思わせるだけのねうちを仲間の発言について語れる教師でないと発言に魅力を感じない。)
・話を聞かないことは、自分を大切にしていない姿だと伝えたい。
(仲間を理解しようとすることが、仲間の判断の仕方を学ぶことになり自分を太らせる機会となる。「せっかくいろいろな考え方を学ぶチャンスなのにそれを自分でなくしている。自分をもっと大事にしなさい。」と伝えたい。)
・立ち止まってどの判断が自分に役立つのかを考えさせたい。
(「仲間の歩みと自分の歩みを比べたり、参考にしたりするとよりよい考えが出来上がるよ。」と伝えたい。)
・誰のどの考えが誰に役立つかは分からないことを伝えたい。
(「あなたの考えたことが仲間の役に立っている。素晴らしいことだ。」と伝えたい。)
まして、教師が子どもの判断を聞かず、教師の判断だけを子どもに伝えていては子どもの学びは成立しない。
・「○さんの考えでいいです。」「その通りです。」ではなく、「このように考える子が多いね。」「こう考えていいのかな。」となる。
・「他には」でなく、「○さんは、こう考えたけど、他の子はどう考えているの?」となる。
・「教科書に書いてあるから」でなく、「みんなの考えをまとめると教科書のように考えていいかな。」となる。
子どもの学びには判断ミスもある。その判断ミスも子どもにとって大きな学びの一つだ。道草をしながら、道に迷いながらゴールすることはいくらでもある。ゆとりを欠くと子どもに考えさせずに一番近道を教える教師になる。
何気なく授業の中で使っている言葉の中に子どもの判断の邪魔をしている言葉がありそうだ。(ここは仲間と練り合って考えさせるところであって教えるところではないと意識しないとなかなか言葉は変わらない。)聞ける教師になりたい。