ついにー
ナミジです。こんばんは。
ついにこの時期がきました。
恋愛のモヤモヤ期。
自分めんどくさい、と思うんですよねー
まあ、こんなモヤモヤできるのも
彼のおかげだーねと思って、過ごしましょう。
お互いちょっと慣れてきて、
コトバなしでやり過ごす場面で、アレっと思ったり。
肝心な時に連絡とれずに、チェっと思ったり。
女子の影に、イラっとしたり。
アレとか、チェとか、イラとかも、相手あってのキモチですし。
それでブーってキレて、別れたいって言ってしまったりして
結局後悔するのなら、サラリと流しておいた方がいいはず。
オトナになったなー、わたし。
女子の影にイラっとして、ブーたれていたら(結局ブーたれてる)
ジェラシーソングを歌われて、殴り掛かって首を絞めてやりました。
両手叩いてリズムをつけて”ナミジシャルジー、ナミジシャルジー♪”です。
シャルジーはジェラシーのフランス語。
そらイラっとしますよね。
まあなんだかんだ嬉しそうだったので、完全にサラリと流すんじゃなくて
ちょっとブーって嫉妬してるくらいなら、可愛く見えるみたいです。
度を越すと、めんどくさくなるのでご注意を。
明日、初出勤です。
よしゃーーーーーー
上半身ハダカで5時amから部屋でyoga。
ナミジです。おはようございます。
5時am前に起きて、走ったら
まだ意外と涼しくて快適でした。
帰って、yogaとストレッチと筋トレ。
でも全然ストイックじゃないよ。
なんでも適度が一番ンー
ぶっちゃけー、
の次に続くコトバが、みつからない。
ナミジです。こんばんは。
時間は、全ての人に平等にあって、
1年生きれば1年分、5年生きれば5年分、10年生きれば10年分。
何に時間を費やしたかで、その人は形成されている。
今日電車で少年Aが、少年Bにこう言った。
少年A:「お前公立?おれ私立。受験したもんね。○○学園。」
少年Bは、黙ったまま何も言わなかった。
少年Aは既に、ラベリングの暴力を使っていた。
たった10年そこらしか生きていないのに、学んだことはそんなことか。
そんなことに時間を費やしたのか。
そんなことで悲しむ必要のない他の誰かに悲しい想いをさせるのか。
はー
教育は、選べない。生きる時代は、選べない。
その時代時代によって変化していて、良い悪いで評価してはいけな い。
時代の流れだから。
残念ながら、その時代に所属してしまった以上は、どうしようもない。
自分で、どうにかするしかないんだよ。
頑張れ少年。
no music or no clothing in your life.
which one would you choose?
i don't choose neither. i need both.
they decorate my life wonderfully,
...i haven't enjoyed them for last couple month.
but now i recall it!
style report vol.11
Stella McCartney/fall2011 /paris
お気に入りデザイナーのひとり。
プレーン、モダーン、ナチュラル、スマート、ステラ・マッカートニー。
ユーモアのあるオープニングでショーはスタート。
タイガーウッズが彼の愛人に電話で
”留守電から君の名前を消してほしい”
と依頼する有名なシーンからはじまった。
ステラ:”怖がらずに、なりたい自分になってほしいということを全ての女性に伝えたい。
わたしはこのショーで、そのコントロールの方法を女性達に与えたい”
うまく日本語訳できませんでした ぶび
要するに、もう男性からは解放されましょうと。
先進国でfeminismはだいぶ浸透しているけれど、
やはりまだん?と首をかしげる部分も社会には根付いていますよね。
女性にしかないキレイを引き出すステラの服は、スキです。
おまけ
stellaのresort2011 もオススメです。
hello thereee
it's me. how do you do?
maybe i'm fine thank you.
5時半amに走ると、まだ涼しいです。
6時amは、もう太陽の光が眩しい。
7時amは、もう暑い。
太陽は、キラキラひかる。
小窓に吊るした布の隙間からさすひかりが
ダイヤモンドのようにキラキラしていたけど、
ダイヤモンドは、太陽がなければ
キラキラなんてしないんだよね。
地球は、クルクルまわる。
わたしたちは、その表面で直立不動に立っているけれど
クルクルまわって、傾いていく地球の重力に
自分の重心を合わせながら、一緒に傾いている。
結婚したとしても、個人用の寝室はほしい。
広いベッドが欲しい理由は、両手両足を広げて寝たいから。
わたしは、ダブルベッドで斜めに寝るのがスキ。
i feel luxury then.
言語は、他者があって成り立つ行動。
必要な時に、必死で学ぶもの。
誰かフランス語がはなせるクスリをください!
でも実際、そんなに困ってはいないんですけどね(わたしは)。
少ない語彙だからこそ、伝えられることもあったりするし、
難しく考える必要もなかったりするし、分かりやすいこともある。
今日は、三重に帰ります。
ママがこの狭い部屋じゃ耐えられないらしいー!

高尾山にゆきました。
ナミジです。ハロー
大学4年生がハローワークに行くのって
就職活動って言うんですよね?
高尾山、まさかあんなに登るとは!
ロープウエーで頂上まで行けると 余裕で思っていました。
まあでも、登るぞーって思って行っても、
登るなんまっぴら思わずに行っても、
結果頂上まで行くことには代わりないんだから、いいかーと思った。
こんなに限界まで体力と精神が衰えたことは 今までないので
意外と時間かかるんだなあと、しみじみ痛感しました。
悲しくなったわけでもないし、開き直ったわけでもなくて、
前の自分とは明らかに違う 自分の状態を目の当たりにして、
ちょっと取扱いの方法を考えないとなーと、思ったんです。
体力は、運動すれば回復していくだろうね。
走ったりしているから、それは肌で実感するけど
体力が回復しても、それに精神がついてくるかどうかは また別。
今までは、自分の体力の限界に達しても
そんなのはさざ波みたいに、そよそよーって流れていったけど、
今は、体力の限界では 疲労の波に溺れて溺死しそうになる。
そんなイメージ。
この苦しみを克服するぞーとか、
前の自分に戻るんだーとかは 思いません。
ただ苦しいから克服したいーってムキになっても 生産性に欠けるし、
前の自分に戻れるはずなんてない。
むしろ、この苦しみを知らなかった自分に戻ったら、困るよね。
また同じことを繰り返すだけだから。
苦しみから逃れようとする姿は、実に見苦しい。
生きるか死ぬかを選ぶ権利は どうせ自分にはないんだから
死にたいとか、死ぬのがこわいとか、死にたくないとか、生きるのがつらいとかは、思わないようにします。
美しく見える言葉、美しく聞こえる音楽、美しい文化。
全ては、悲劇の副産物。
悲劇あっての 美しさを求める心。
大変だー
おやすみー

夕日がキレーイでした。
ナミジです。long time no seeeeee
悲しみも、苦しみも、辛さも、共有することはなかったけれど、
全て過去のことだから、酔って自分のことべらべら話す時以外は
これからも 誰かと共有することは ないと思う。
少なくとも、私から勧んで話すことは たぶんない。
もし、コチョコチョの刑(?)を受けることになって、
過去のことを洗いざらい全て話せば解放しすると言われれば
記憶の一つとして お題にあげるかもしれないね。
なぜ自分のことを話さないかは わたしにもわからない。
でも、誰といる時も 自分から自分のことを話し出すことは
稀な行為であるという今までの統計から そう思う。
どうでもいいけどさ、無理して笑っているつもりは全くない。
過去に囚われていたら、これから先にやってくることを
まっすぐに受け止められないから。
そう思う。
おやすみなさーいー
伊勢神宮へゆきました。
ナミジです。こんにちは。
iPadを持ってきたけど、三重の自宅の無線LANでは
使えないのを完全に忘れてました。
あばばー
なんでかなあ。
元気?ってきかれて、元気!って答えちゃダメな時もある。
たとえば恋人同士、会えなくて、久しぶりに電話をして
”会えないから元気がない”くらい言えないとダメだー
と思った。
ふつうに元気!と答えるわたしは、無神経だなあと思います。
感情を言葉で表現するの下手だなあって、最近気づきました。
pakoを見ていると、感情をちゃんと言葉(カタコト日本語)と体で表現していて
人間らしいなあって、いつも感心します。
モラルもしっかりあるし。
わたしの理想とする、地球時間に近い感覚で生きてるんだなあと思います。
わたしが失いかけたものが、そこにあるような。
自分の中での、アフリカに対するstereotypeな考えも一掃されました。
自分はopen mindだと思っていたけど、まだまだでした。
でもそれは、仕方が無いことだと思います。
教育だけではカバーできない教養って、まだまだあるんですね。
いろんな国を旅する人はいるけれど、実際にその国を見ているかは別。
旅行本に掲載されている事柄は、歴史が中心だから
名所をまわったり、その国っぽい(今現在ではなされていないような)ことをしたり、
その写真をとって、その国に行った風を装ってみたり。
わたしは個人的に、歴史にあまり興味がないので
旅行をするなら、その国の今を体感できるようなことがしたいですね。
現地の人と話をしたり、笑ったり、ごはんを食べたり。
そういった意味でアフリカは、土地柄まだまだ未開発な場所で
いろんなstereotypeな考えや偏見があるけれど、
募金やボランティア以外でも、自分に出来ることがあるはず。
教育によって、世間に出まわっているstereotypeな考えや偏見が
その国の人々を縛り付けているってことも、ありえるから。
同じ人間だもん、仕方ないで済ませたくないもんねー
やっぱり、わたしの夢は 世界平和だね。
別に、世界全体を平和にすることが目的ではなくて
わたしが生きているうちに接する人々をハッピーにできれば
わたしの世界平和は実現する。
がんばれわたしー!






