
高尾山にゆきました。
ナミジです。ハロー
大学4年生がハローワークに行くのって
就職活動って言うんですよね?
高尾山、まさかあんなに登るとは!
ロープウエーで頂上まで行けると 余裕で思っていました。
まあでも、登るぞーって思って行っても、
登るなんまっぴら思わずに行っても、
結果頂上まで行くことには代わりないんだから、いいかーと思った。
こんなに限界まで体力と精神が衰えたことは 今までないので
意外と時間かかるんだなあと、しみじみ痛感しました。
悲しくなったわけでもないし、開き直ったわけでもなくて、
前の自分とは明らかに違う 自分の状態を目の当たりにして、
ちょっと取扱いの方法を考えないとなーと、思ったんです。
体力は、運動すれば回復していくだろうね。
走ったりしているから、それは肌で実感するけど
体力が回復しても、それに精神がついてくるかどうかは また別。
今までは、自分の体力の限界に達しても
そんなのはさざ波みたいに、そよそよーって流れていったけど、
今は、体力の限界では 疲労の波に溺れて溺死しそうになる。
そんなイメージ。
この苦しみを克服するぞーとか、
前の自分に戻るんだーとかは 思いません。
ただ苦しいから克服したいーってムキになっても 生産性に欠けるし、
前の自分に戻れるはずなんてない。
むしろ、この苦しみを知らなかった自分に戻ったら、困るよね。
また同じことを繰り返すだけだから。
苦しみから逃れようとする姿は、実に見苦しい。
生きるか死ぬかを選ぶ権利は どうせ自分にはないんだから
死にたいとか、死ぬのがこわいとか、死にたくないとか、生きるのがつらいとかは、思わないようにします。
美しく見える言葉、美しく聞こえる音楽、美しい文化。
全ては、悲劇の副産物。
悲劇あっての 美しさを求める心。
大変だー
おやすみー