a girl lives on the earth-moschino



ずうっと ボケっと 眺めたのは
別に景色なんかじゃなくて
窓の外なんかじゃなくて
部屋の時計なんかじゃなくて
壁の絵画なんかじゃなくて
今っていう、現在が流れてゆく様。

しあわせな時間と、face to face。

暑い夏、さらさら流れる冷たい小川に
足をいれて じっとしている様と
よく似ていた気がする。

小さな石は ころころ流れるし
大きな石は 動いてはいないものの浸食されているし

小さな争いや 大きなごたごたも
いつかきっとまた 小川のせせらぎになって
人を癒す 現在になる。


流れた小さな石も、元は大きな岩からできていて
大きな石も、いつかは小さな石ころになって

そういう未来の現在に、ハローって笑顔で手を振って
迎えられたら それでいいんじゃないかな。


今日とおんなじ日なんて絶対こないけど、
いつかきっとまた しあわせな日はやってくる。

今はその未来の現在に、ハローって言う声が出ないだけ。
上流から流れてくる水を、ただ眺めているだけ。


水って、いろんな経験をしているよね。
いろんな場所を流れたり、溜まったり、
地下にもぐったり、空を飛んだり、地面に落ちたり、跳ねたり、

わたしなんか行ったこともない場所から、きているんだよね。

何億年くらいで、またおなじ場所に戻ってくるんだろう。
未来の現在は、確かにここにあるのかな。

生きた長さ、経験したことの多さは、そのまま心のひろさに比例するから
水って とっても心がひろいんだろうね。

わたしみたいに、短いスパンでしかものを考えられなくて、
一本の葦みたいに弱くて、ちっぽけな人間は万と居るけど、
みんな、水からできているんだからきっと、
もともとは心がひろいんだろうね。


ハーって吐いた息の中の水は、
もしかしたら南極の氷だったかもしれない。


しあわせな時間は いつかきっとまたくる。