
”新しい”は、いつも”古い”の恐怖に苛まれている。
新しいものは、古くなる。
だからといって、新しいものから逃げ、古いものを好むのはお門違いであって
古いは、その時代では新しいであったからして
人の心に残り、愛され、今でも古いで存在することができている。
古いへの恐怖は脱ぎ去り、常に後世に残るantiqueを生み出す勇気をもってほしいですね。
生きることを止めるのは、死ぬことを止めるのと同じこと。
強く生きたい!と思えるということは、同時に強く死にたいと思うことである。
生きると、死ぬは、いつも同じ線上にあるというのは誰だって知っている。
死ぬのが悲しいのであれば同時に、生きることも悲しいのである。
死ぬということは、過去に生きた証であって、
生きるということは、未来で死ぬ証であるはずですが、
なんとも全うに生きたいとかいう欲望からは、抜け出せないものですね。
誰よりも、自分が一番人生を楽しんだと
死ぬ瞬間には思いたいと、へんてこりんなことを思うものです。
生み出されたものは常に、短い命で滅びる可能性があって、
それでもどうやって続いてきたかと聞かれれば、
短い命の間で、生み出し続けた結果
短いものでも、つなげば長くなるんだということを
証明しつづけてきたのではないでしょうか。
わたしは、死にたくないとは思わないけれど
長く生きたいとは思います。
誰かの心の中で、後世へ後世へと
どんどん流れてゆきたいです。
その先でひっそりと、息絶えてゆくのはそれはもう運命だと思っています。