社会は、大きな渦をまいて
その渦の中にチリのように人々がぐるぐると
引力だけで保たれているのかと思っていたけれど
最近は、人と人はねばねばでくっついているのだと思うようになりました。
社会は長い年月をかけて、腐食し、発酵し、
独特の臭みと粘り気にみんな巻かれてきたんです。
マイルドなのです。良い意味でも、悪い意味でも。
納豆のように、何もしなければ、
波風を立てなければ、そのまま何事もないかのように
そこに居座ることができます。
一度かき混ぜれば、とたんにねばり気で包まれるのです。
引っ張られ、ねばり気に負けんと努力し、
それだけに体力を使い、疲れ、力尽き、
そして再びねばり気に心身共にうずめることになるのです。
本当に良いもの、本物の力は
そのねばねばの中にうもれていると
言ってしまえば簡単です。当然です。
あの山にダイヤモンドの原石がある、と言っているようなものです。
あるはずです、見つけることができるかどうかです。
発掘しようとする人も何人かいるようですが、
つかもうとすれば消えてしまうような、
そういう本物もあるので怖いものです。
ステキなものは、しゃぼん玉並みの緊張感で存在しているのだと思います。
絶対条件は、触れない、空気を乱さない。
美術館は、その絶対条件を兼ね備えた場所ですね。
でも本当に、それでいいのか。
今は疑問に思っている段階です。
乱され、壊され、ぐちゃぐちゃにされ、
その恐怖の中からもまた這い上がってくる、
そういうものに身震いするのは、わたしだけでしょうか。
これが本当の生きるというエネルギーかと、
思ってしまうのです。
ふーん。