昔できへんかったことも、
できるようになってきて、
昔はすごくリッチやった物も、
今では簡単に手に入るようになって、
そういう変化の中で、
自分達はどれほどの人や物を犠牲にしてるんやろう。
どれほどの人達を巻き添えにしてるんやろう。
うちらが今このような状態にあることを、
喜ぶ人はおるんやろか。
杉の木を切り倒すことで、
過剰反応した杉が花粉をいっぱいふりまいて、
それで花粉症に苦しんでる人間を、
どこかで誰かがあざ笑ってるんやろね。
自分らのせいで地球温暖化してると思って、
頑張って環境に良いことをしようと努める姿を見て、
苦笑いしてるんやろね。
ごめんなさい。を言うのは、簡単です。
過去を変えるのは、不可能です。
今を変えることも、簡単ではないです。
未来を変えることしか、出来ないんです。
変えられる未来しか、変えられないのが人間です。
つくづく、地球は心が広いなあと思います。
わたしなら、すぐ絶滅退治しますもん。
うんこを空から降らせて、不衛生状態で苦しませて死なせてやります。
でも、地球はそんなことしません。
この動物が絶滅しちゃったね、あの動物も絶滅しちゃったね、
共存する生き物を絶滅させちゃったってことは、
何かいけないことをしているってことだよね、
どうしたらみんなで仲良く生きていけるかな?って。
わたし達に考えさせます。
さすが、母なる大地。
懐深すぎです。
人間もそんなに頭悪いわけではないから、
計算のスキな人達が、このままいくと将来どうなるかを予測して
議論するのがスキな人達が、どうするかを試行錯誤して、
庶民たちに呼びかけるのです。
毎日って聞くと、繰り返される日、ていうか
サイクル的なものを思い浮かべます。
毎日同じ時間に学校がはじまって、
毎日同じ時間に仕事がはじまって、
そういうサイクルの中に、生きているような気がします。
自然界に、毎日同じものなんてないんです。
日々、変わっていくんです。
ただ、社会という中で集団行動をするために、
時間を決めて、行動しているんです。
まあ、よかれと思ってやっているのでしょうが、
そんな事にすら、けだるさを感じるわたしです。
集団で行動すると、どうしてもフツウにならなかんくて、
そういうのは、めんどくさいですよね。
特にニホンは狭い国で、なにか一個の事に集中して
集団が団結する何かがいつもある気がして、
それが息苦しかったりして、
今アメリカにいられて、ちょっと安心してます。
でも集団やから出来ることもいっぱいあって、
守られるし、お金もそこに溢れてるし、誰かが責任もってまとめてくれるし。
所属するからには、何かしら貢献しやなかんくって、
労を費やすことが義務づけられます。
勉強しやん人は、アホとゆわれます。
働かん人は、アホとゆわれます。
そういう、世界です。
はじめからそんな世界に生み落とされてしもたら、
なんともしようがないですけどね。
物心つかないうちから、所属させられますし、
強く自立する能力を得る機会なんて、まずないですし、
反発心を抱く頃もあるけど、反発して勝つほどのパワーがなくて、諦めるというのがいつものパターンですか。
せいぜい、自立心というキモチを心に抱くことで
自分をキープしていられるという、寂しさ。
気づいたら、そういう世界のそういうサイクルの中に
漂い生きているんです。
よどよど がやがや わやわや
本当の環境問題ってゆったら、人間の存在です。
それこそが、最初で最後の答えです。
いじめッ子が、今までいじめてた子に何をしてあげられますか。
今までの罪を償うことですか。
優しく接することですか。
飴をあげることですか。
過去は変えられません。
今を変えることも、難しいです。
じゃあ、未来ですか。
はじめから、いじめなければよかったのに。
今から、いじめないを始めれば
今は無理でも将来的には、孫の世代では仲良くできる。
そんな簡単なものなんでしょうか。
いじめッ子がいじめに使っていたエネルギーはどこへ。
いじめられッ子がいじめられることで確立していた立場はどこへ。
何が良いのか、
何が悪いのか、
そんなことすらわからない、世界です。
裸でおっぱっぴーと言っている男性が、
今の人達が求めている、なりたい人物像なのでしょう。
わたしは、毎日お気に入りのマグカップでコーヒーが飲めることの喜びを噛み締めます。