今日は、りんごのファームに行きました。
色んなりんごが売ってて、ソースに良いとか、焼くのに良いとか、
食べるのに良いとか、色々あったんですけど、
deliciousていうのがあったんです。
食べたら、deliciousですわ。
オムライスの味がしたんです。
厳密に言うと、ケチャップのような酸味と共に、卵のようなまろやかさがあって、さらにオコメのようなしっとり感があるんです。
おいしーイはーと




考えることと、それを言葉にすることって、
全然違うなって、思います。
考えることって、誰でもできるんです。
人の発言にケチつけるんって、誰でもできるんです。
でも自分の考えを口に出して発言するって、難しいんです。

アメリカとニホンの大学は、授業スタイルが全然違います。
ニホンの大学は、ただ座って聞いてればいいけど、
アメリカの大学は、生徒が発言するんです。
授業にもよりますけど。厳しい先生は発言しやんかったらFです。

高校の倫理の先生が、そういえばそうやったなー
あの人はアメリカ人やったんやろか。
少なくともフツウの人間には見えへんかったけど。

授業中に何言うん?て思うやん。
ほんまつまらんことでも、些細なことでも言うんです。
前までは正直、アメリカ人つまらんこと言うなーて思ってたけど
でもそれで、教師の認識と生徒の認識の誤差が
確実に狭まることに、気づきました。
発言したり、発表したり、授業に積極的に参加することで
初めて理解できるしね。
自分で考えるスタンスが、なかなか最近楽しいです。

始めは結構それがストレスになったりもしました。
答えばっかり教えられるニホンの教育法に慣れてるから、
これどうやと思う?って先生に聞かれても、
いやいや、答え教えて下さいよってなるやん。
んで他人の発言聞いて、いやそれは違うやろーって心の中だけで思ってたりとかして、批評だけは立派にできるんです。
んで先生が答え言うたら、そうそうーみたいな。
そうそうて思うなら誰よりも先に口に出して言えよ、ってね。
そういうストレス。

ニホン人は、あんまクラスで発表しーひんのですけど、
分かってないわけではないんですよね。
自分の考えを発表する習慣がないだけで。
あと、間違えたら嫌やとか思ったり。
ほんまに全然違うんやなーって思います。

慣れへんうちはほんまにしんどいけど、
そのしんどさから逃げたら、こっちに来てる意味ゼロなんで
耐えます。踏ん張ります。失敗します。すぐ立ち直ります。




今日は、新しい日なような気がします。
昨日死ぬ寸前まで行ったので。
すがすがしい夏休みの朝のような、金曜日でした。