自分すらも他人に思える。


小さくて、平凡で、つまらない、プライド高くて、人を信じやすい、ウソつけへん、でも他人を傷つけるのが怖い、打たれ弱い、人に優しくしたい、よく笑う、よく食べる、よく泣く、よくヘコむ、それでも笑っていたい、よくはしゃぐ、元気がスキ。


この窓から人を見てた。


みんな、自分の窓から他人を見てる。自分の尺度から他人を見てる。

それ以上でもそれ以下でもない。


Aさんが、優しい人やったとする。優しい人は、打たれ弱い、自分が打たれ弱いから、人も打たれ弱いんやって自分の尺度で人を測って、人にも優しくする、自分が優しくされると嬉しいから。そうすると人も優しくしてくれる、自然とやさしい人が周りに集まってくる、優しくしてくれる人をわざと打つ人はそうおらん、みんな優しい、ハッピー。


こんなん考えながら生きてる人はなかなかおらん。

わざとやってたら、Aさん疲れて死にます。


BさんがAさんに、「そんなんしながら生きてたらA疲れるやろー」てゆうのはBさんの尺度。自分がそうやってしたら疲れるから。無理しやなできへんから。Bさんの尺度でAさんを測ってるから。

でもAさんは、そういう性格やから、別に疲れへん。されたら嬉しい事をしとるだけ。Bさんが勝手にそう思っただけ。自分が疲れるから。


誰も、こんな事には気づかずに、普通に生きてる。

それでもイイはず。

それが、人と人。



例えば、めっさ腹立ってる人の愚痴を聞いてる時。

ん、なんでこの人こんなことゆうてんのやろう。めっさ腹立ってるやん。

あ、自分がされたくない事を人にされたんや。

ってことは、この腹立ててる理由がそっくりそのままこの人の尺度なんや。

「それは、あんたがされたらイヤな事やろ?」ってゆってみる。

それすらにも気づかず、腹立ててるはず。

「あー、そうかも」ってゆうはず。

「それは自分の考えやん。自分勝手やよ。」ってゆってみる。

それでも腹立ててたら、もうしゃーない、どーしょもない。

「お前もあいつの味方かよ!」って、ちゃうやーん(´Д`|||)。


愚痴聞いてる時は、そんなんゆわん方がいいんかも。

「そやな、それはあっちが悪いわ。あんたは悪くない。」ってゆって、同意した方が、愚痴ってる方も満足やんね。なんでも、味方がおるってのは自分を強くするでな。



こんな事に気づいてしもたら、もう腹立ててる自分があほらしてしゃーなくなる。どんだけちっこい人間なんやって思える。

でも、みんなちっこいさな。ちっこいのからおっきなってくんやで。


うちはずっと、漠然と、でっかくなりたいと思ってた。

将来ナニになりたい?って質問には、でっかい人間になるって答えてきた。

でっかくなるって、全く意味がわからんだ。

でっかいって、すごいんやろなーって思ってた。

でっかい人=すごい人

それしか知らんだ。


なんとなく、見えてきた気がする。


他人が他人になって、自分すらも他人になって、

なんとなく、見えてきた気がする。


21歳って、やっぱすごいな。