朝になって昼前になっても眠れないので、以前見た夢のはなしをひとつ。
<ここから夢>
ある日私は大学祭の実行委員会になっていました。
大学祭当日、なんと死んだはずの志村正彦が大学祭のバンド演奏のために黄泉帰りしてフジファブリックの特別ライブをしてくれることになりました。
ライブの実行委員会だということでメンバーと機材を運ぶバスの中に同乗していた私は、
「あっちの世界に帰らないでずっとこっちにいてください。」
と志村さんに言いました。でも志村さんは、「このライブが終わったらむこうに戻らないといけないんだよ」と言っていました。
私は悲しくてビャービャー泣いていました。
そして大学祭の特別ライブは大盛況に終わり、
ライブの実行委員会だったために仲良くなれた私の実家に志村さんが他のメンバーと一緒に最後に遊びに来てくれました。
しばらくすると、
「もう行かなきゃ。」
と言って志村さんが立ち上がりました。
私は「一緒に志村さんの所に連れて行って」と泣きながら頼みましたが、志村さんは笑いながら「それはだめだよ、ここに残りなさい」と言って離れていきました。
フジファブリックが帰宅準備をして庭に出ると、2つの車が用意されていました。
一方の車には機材と3人とマネージャーらしき男性が乗っていて、もう一方の車には志村さんwithギターが一人で乗りました。
そのうち志村さんの乗った車のエンジン音が徐々に大きくなって声が聞こえづらいくらいになってきたとき、「もう時間がない、さようなら」
と志村さんが言ったところで目が覚めました。
<夢ここまで>
これは悲しくて悲しくて毎晩メソメソしていた49日直後に見た夢なので、49日でむこうに行ってしまうことが悲しすぎて見た夢だと思います。
だけど、あのとき私が一緒について行くことを了承されていたら
もしかしたら今ごろ誕生日を迎えることはなかったのではないか。
そんなことをたまに考えてしまいます。
以上、夏のホラー番組投稿者の証言的なおはなしでした。
なんかケータイ小説みたいだけど気にしないで下さいまし。
さて、おかげさまで22歳になれました。
中身は変わらずとも年だけは無条件にとれるようで、
でもここまで生きて来れて今日の自分があるのはひとえに皆さんのおかげです。本当ありがとう。
見た目は大人!頭脳は子ども!な私は周囲の支えがないと生きていけない仕様です。
これからも色んな人の世話になって少しでも大人に近づけるようにがんばるので、これからも私をよろしくお願いします。
今年は努力目標がたくさんあるけどあえて有言しません!
9月中の努力目標は、進展すれど近いようで遠い。
それでは
かしこ