いま、なんとなく思うに二つの考え方の前提がある気がする。

一つは、個人が強い生産力を持つため、世の中がグローバル化して、国民国家が弱くなるー。という考え方。コンサルの人はよくこういう考え方を気がする。そういう中での意思決定の最高者は経営者なので、経営的思考が絶対化していく。(勿論悪いことではない。)

一方は、今こそ国民国家に立ち返るべきという考え方。保守の人とかはこういう考え方だと思う。こちらは、絶対化はない気がする。まだ教養不足で分析不十分。ただ、土木はまだ国家が持っているのではないでしょうか。研究開発は、どっちの論理か微妙な感じになってきた。

多くの人は、どっちかようわからんという考え方。自分もどっちかようわからん。
技術変化は前者に味方するでしょう。社会変化は後者に味方するでしょう。

ただ、個人が生産力をもったために、個人と国家の力関係の前提が崩れた(暴力、生産力の独占)ので、おそらく国民国家に立ち返るという選択肢はうまくいかない。一方で、国家がなくなればいいってわけでもない。新しい概念装置を導入する必要があるのかもしれない。両方を救済しうる何かが。

ただ、おそらくこれに対してどっちか分からないまま、突き進むのかな。どちらかといえば、前者よりなのかな。