評価/★★★
監督/モーガン・スパーロック
出演/スティーヴン・D・レヴィット
おはようございます、小夜子です。
今日は『ヤバい経済学』の個人的に”惜しい箇所”だと思った場面についてご紹介します

惜しい① 一般論
名前と人格の因果関係についての回で思ったこと。それは街頭インタビューの少なさです。白人ぽい名前とは?名前での苦労は?もし改名するとしたら?など複数の質問に答えているのはほんの数人で、年齢、出身地、場所はいずれも非公開です。何度も同じ人物が登場することによって、見る側にとっては”使い回し”という印象を与えてしまっています。そして回答した母数が少なすぎて信憑性に欠けます。効果的なアニメーションを挿入するなど、せっかく映像加工にこだわった画面作りをしているのに、ここで制作スタッフの取材は少しでいいや~という”手抜き感”が出てしまっては元も子もないと思います。
惜しい② 名付け親
様々な統計から1富裕層、2貧困層、3白人、4黒人で名前の概念が違ってくることが判明しました。ここで登場したのは、ネーミングについての研究をしている大学教授、専門家、街頭インタビューの一般人です。これだけ様々な人物が登場したにも関わらず、その中に肝心の”名付け親”が登場しません。「自分はこんな状況下の中で子供が生まれて、その子供にこんな願いをこめて、こう名付けたんだ」というように、自身のことと置き換えて発言しないので、2人の著者が主張する解釈が正しいのかを判断しかねてしまいます。モデルケースとして、各パターンの親を登場させて欲しかったです。ここでも作る側の”妥協感”が出てしまっています。
惜しい③ 多角的視点
元々の書籍がおそらく”持論”を展開するような内容だったためでしょう。著者2人&他出演者たちは、往々にして”持論”を裏付けるための証人として登場します。異論を唱える人はほとんど登場しません。正しい解釈をしていたとしても、賛成意見ばかりでは一方的な視点に捉えかねません。反対意見があっても動じずに説き伏せるくらいの強烈なプレゼンが聞きたかったです。前回のブログ記事でも載せましたが、やはり他分野で活躍している専門家も交えながら、奥行きのある解釈を試みて欲しかったです。決して持論を否定するのではなく「さらに付け加えるならば○○という行動心理も働いているでしょうね」といった、広がりのある見解があっても良かったと思います。
そして『相撲』の回に関して言うと、ここだけ報道番組みたいな作りになっており、映画の雰囲気が違いました。とってつけたような慌ただしさを映像に感じ取れてしまいます…。全体的に雑さが目立つ映像だったと思います。映画としてみると難点が多いですね。
http://www.yaba-kei.jp/

明日は『ヤバい経済学』を鑑賞した新宿武蔵野館の周辺情報についての記事です。宜しくお願いします(^-^)/
小夜子より
