クリスピー・クリームのドーナツが大量閉店した本当の理由は? | 神城豊の「あなたが逆境を乗り越え幸せに成功する魔法の法則」

神城豊の「あなたが逆境を乗り越え幸せに成功する魔法の法則」

倒産・一家離散・離婚、難病で生死を彷徨うも奇跡の生還後、現在はハッピービジネスマンへと逆境人生から何度となく立上がり今のハッピーライフを掴んだ波乱万丈人生を歩んできた私、神城豊が、あなたに逆境を克服し幸せに成功する魔法のルールを伝授します。

クリスピー・クリームは

アメリカから10年前に
日本上陸した時は、


長蛇の行列が出来るドーナツ店

として脚光を浴びた。

 

 

がしかし、一時の勢いはどこえやら・・

 

業績も赤字転落・・

 

で、地方を中心に、大量閉店で47店舗

まで縮小するという・・

 

 

コンビニのドーナツ戦争や
ミスタードーナツとの

戦いに一旦は「敗れた」ということだ。

戦略の立て直し、再出発で
敗退ではない・・・

と強気のコメントを同社幹部は
言っているが、店舗縮小は

一時的にせよ「敗退」である。

時代の移り変わりは早く、
一時爆発的に「流行っても」

今時の消費者は「飽きるのも早い」

値段と、味、顧客志向、など

商売の本質の部分で「ブランド化」に
失敗すれば、撤退を余儀なくされる。

 

そもそも、日本風に味を
アレンジしないのは有りえない。

あの国民食であるカップヌードル
ですら、関東と関西は味の濃さや
味わいを変えているってんだから

地方ごとに「味を微妙に変える」
試行錯誤をするのは当たり前
だろう。

 

それと、上陸時の人気が永遠に
続く錯覚に陥った経営陣も
いるんじゃないかね・・

 

毎年、毎年、同じ地方ですら
味の好みは微妙に変化していく。

日本マクドナルドの創業者
藤田田氏は良く

「毎年、味の変化を感じ、
調査し、微妙に変えて行った」

と述懐していた。

 

この辺の「繊細かつ徹底した
消費者志向」がもっと早くあれば

こうした縮小劇は防げたのでは
ないか・・・

後は「価格戦略」だよね・・

「価格帯がコンビニやミスド
とは異なるから、競合しない」

とは可笑しなことを仰る・・

「クリスピー・クリームなら
いくらでも金を出して食べたい!」

という熱狂的なファンを除き

普通の消費者から見れば

「ドーナツはドーナツ」

で、余程の「差別化、ブランド化」
が確立されていない限り

数割高いのは、

「新たしいファン」は獲得しずらい・・

クリスピー・クリームに、それだけの
圧倒的な「ブランド力」があった

とは申し訳ないが思えない・・

でも、クリスピー・クリームは、
根強いファンも多いので、
奮起して欲しいものだ・・

結果は、数年後には明らかになるだろう・・


◆クリスピー・クリーム、「大量閉店」の全真相
“行列のできるドーナツ屋”として知られる、クリスピー・クリーム・ドーナツ。2006年12月に日本に進出してから10年の節目を迎える。今年3月に一挙20店弱を閉店した同社は今、転換点を迎えている。
10周年を目前に控え、11月1日から発売しているのは『ブリュレ グレーズド カスタード』『ブリュレ グレーズド アップル』2種(各230円)。創業以来79年その味を変えていない定番商品『オリジナル・グレーズド』をベースに、日本人の好みに合わせて、日本法人が開発した商品だ。

■熱狂で迎えられた初上陸

 オリジナル・グレーズドは、1937年の創業以来レシピを変えず販売してきている商品だが、調査を行った際に日本人にとっては「甘すぎる」といった感想が多く、「ふわっ、とろい」という食感の良さがうまく伝わっていないことがわかった。

 そこで、“軽くて甘い”というオリジナル・グレーズドの魅力を引き出すために、表面のグレーズ(砂糖衣)をあぶって焦がすことで、日本人好みの「カリッ」とした食感を加えた。カスタード味は甘さ控えめなバニラ風味のカスタードクリーム、アップル味のほうには、酸味の強いグラニースミスという品種のリンゴに発酵バターを加えたフィリングが詰められている。

 なぜあえて、主力商品のテコ入れに乗り出したのか。日本法人のトップを務める岡本光太郎社長は「これまでの”行列のできるドーナツ屋”から”地元に愛されるドーナツ屋”に転換する時期がきている」と宣言する。

 クリスピー・クリームは1937年に米国南部のノースカロライナ州で創業。長く地元周辺に店舗展開をするだけのローカルなドーナツチェーンに留まっていたが、2000年代から米国本土で多店舗展開を始めた。

 同社は2006年、ロッテと、流通業界へのコンサルや経営支援を行うリヴァンプの合弁会社として設立し、現在に至っている。2006年12月、新宿のサザンテラスに1号店をオープンして以来“行列のできるドーナツ屋”として成長を続けた。
当時の熱狂ぶりを覚えている人も多いだろう。当時はオープン当初は物珍しさや、流行りだから、という理由で人々が群がった。都内では1~2時間待ちが当たり前、地方店舗に至っては、8~9時間も並ぶ人の姿が見られたという。その後、ショッピングセンターや駅前立地を中心に店舗数を増やし、ピークだった2015年度には全国で64店舗を展開するに至った。

 だが、珍しさだけでは長続きするはずもなかった。同社は未上場で業績の詳細を公開しているわけではないが、官報によれば2012年3月期に、純利益4.9億円をたたき出したが、翌2013年3月期には同1.4億円へと大きく数字を落とした。2015年3月期にいたっては閉店費用がかさんだことで、純損失8.1億円を計上している。店舗数は、今年9月末で46店舗にまで減少した。
■顧客のニーズが変わった

 何が問題だったのか。「これまでは、並ぶのに適したレイアウト、そしてできるだけ早く商品をお渡しできるような”スピード”を重視した店舗やサービスを展開してきた。長時間並ぶ、顧客にとってそれが時代のニーズだった」(岡本社長)。

 クリスピー・クリームが市場調査会社のデータを基に試算したデータによれば、日本のドーナツ市場規模は約1200億円、今後も緩やかな下降現象が続くという。さらに日本のスイーツ市場は顧客の要求水準が高い上に、流行サイクルが早い。同社が「スイーツホッパー」と呼ぶ、”はやりもの”に飛びつきやすい層が流行を左右している。

 その間にはドーナツ業界を震撼させた“コンビニドーナツ戦争”も起こっている。2014年11月からのセブンイレブンに始まり、2015年の夏にかけてローソン、ファミリーマートなど、3大コンビニにおいてドーナツの販売を開始したのだ。ただ、日本法人の岡本社長はクリスピーの伸び悩みと「ドーナツ戦争は直接的に関係ない」と説明する。

 スイーツブームの変化は目まぐるしく、新しい業態が次々と生まれていく。一定の熱狂的なファンは残ったが、これからの成長を考えた時にはより「居心地の良さ」や「また来たい」と思えるような店舗づくりやサービスに転換する必要があった。

 市場調査会社NPDジャパンで、外食や流通業界を担当している東さやか氏は「コンビニドーナツの購入機会は、当初は盛り上がったものの、2016年4月頃から減少。ドーナツ店はドーナツの販売にアドバンテージを持っており、今後(大きく市場が)縮小する見通しはない」と指摘する。

 もともとドーナツを食べるのは女性が57%と多く、ドーナツ店(コンビニ以外のチェーンなど)に至っては69%の高い比率で女性が利用している。コンビニドーナツは男性15~39歳の男性が、物珍しさと話題性で利用したのでは、と東氏は言う。

 「日本では『ミスタードーナツ』が40数年展開してきて、ドーナツに対するある一定の認知はある。さらにコンビニが参戦したことで、ドーナツを食べる頻度が向上し、日常的に親しまれるきっかけになった」(岡本社長)。

 ドーナツ市場が多様化する中で、クリスピーが出した一つの答えが、今回の新作ドーナツに象徴される、大きな方針転換だ。“行列のできる店”から“日本で長く愛される店”へと転身を図るというのだ。具体的には、商品・店舗・サービスの3つの要素において大きく見直す計画だ。
商品、店舗、サービスを見直す
 クリスピー・クリームはこの10年間で日本のマーケットにあった商品を500点以上も投入している。今後も冒頭のような商品を積極的に投入していく計画だ。そして店舗改革も動き出している。代表的なモデルが9月16日にオープンした「クリスピー・クリーム・ドーナツ イオンタウン ユーカリが丘店」(千葉県佐倉市)だ。

 同店では主要顧客である20~40代のファミリー層向けに、落ち着きのあるインテリアや、キッズスペースの配置、また自分でドーナツのデコレーションができる「キッズデコセット」の販売といった工夫を凝らしている。

■100店舗の目標は撤回しない

 また、7月には羽田空港の第2ターミナルに、メルセデス・ベンツとのコラボ店をオープンしている。定番ドーナツを始め、店舗限定ドーナツ、賞味期限が長くお土産に適した商品なども販売している。もともとは「より親しまれるブランドになりたい」との意図があるメルセデス・ベンツ側からの申し出だったそうだが、「お客との接点を多様化したい」というクリスピー・クリームの方針とも合致し、出店に至ったものだそうだ。

 「サービスについても、従来のスピード重視から、地域の特性に合わせて、『また来たい』と思ってくださるような店舗や、居心地の良さや楽しさなど、ホスピタリティのあるサービスに転換していく」(岡本社長)

 岡本社長はクリスピー・クリームのブランド価値をこう語る。「例えばケンタッキー・フライド・チキン。子どもの頃にKFCで誕生日を祝ってもらって、忘れられない思い出になっている。1000円ぐらいなのに、40年経っても色あせない思い出を残すことができる。クリスピー・クリームには数十年愛されるような、本質的なブランド価値がある。日本でもそういうブランドにしていきたい」

 店舗数については、これまで同社から発表されていた目標「100店舗」を変わらず掲げて行く。ただし、時期については明確にせず、まずはブランド強化を図って行く方針だ。

 熱狂で迎えられてから、10年が経ったクリスピー・クリーム・ドーナツ。次の10年はどうなるのか。同社は今、転換期を迎えている。(出典:東洋経済オンライン) 

 

◆「行列ができるドーナツ店」として人気を集めていたクリスピー・クリーム・ドーナツが、地方都市を中心に相次いで店を閉めている。15年11月時点で全国に64店舗を展開していたが、4月以降は47店舗となる。クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン(KKDJ)の若月貴子副社長は、一連の撤退が市場から追い立てられたものではなく、「意志ある撤退」だと主張する。

「閉店について、当社からはあまり説明を行ってこなかったので、ネット上では結構いろいろと書かれていましたね」と若月副社長は苦笑する。

 KKDJは、米国のクリスピー・クリーム・ドーナツと日本国内でのフランチャイズ契約を締結し、2006年12月に東京・新宿に1号店をオープン。その後、東京・大阪・名古屋をはじめ全国各地に進出した。16年末には日本上陸10周年を控えている。

 「上陸直後、期せずして大きなブームが起きて、『行列のできるドーナツ店』という枕詞がつくブランドになりました。いわば『はやり物スイーツ』というカテゴリーで成長を遂げてきたのですが、はやりはいつか終わります。20年、30年と愛されるブランドになるためには、今のうちに事業運営を抜本的に見直さなければ日本に長く残れません」と相次ぐ閉店の理由を説明する。日本でこれからも長く事業を続けるための改革であり、全面撤退が前提ではないとする。

日本市場で生き残るためには、経験豊かな人材でなくても効率的な店舗運営システムの確立が不可欠と判断。東京・名古屋・大阪の三大都市圏の大部分の店舗と、地方でも完全に根付いていると同社が判断した店舗のみ、存続させていく。商圏が小さく、かつ業績が同社の想定を下回る地方店舗を中心に撤退する方針を決めた。

 東京でも小商圏で地元密着型の阿佐ヶ谷店などからは撤退したほか、入居していた商業施設の改装に伴い閉店を決めたアミュプラザ博多店(福岡市博多区)のように、業績が原因ではないケースもあるという。同店がドーナツを製造し、供給していた周辺2店舗もあわせて閉店した。

 こうした事業改革により、15年11月時点で全国に64店舗(長期催事含む)展開していたが、17店舗(同)の閉店により、4月以降は47店舗となる。一連の撤退について、若月副社長は、「市場から追い出されるのではなく、自分たちで決めた意志ある撤退だと思っています」と強調する。

コンビニ・ドーナツが店舗撤退の要因ではない
コンビニ店が展開するドーナツの影響について、若月副社長は、セブンイレブンのドーナツがミスタードーナツの味に合わせて作られていると分析する一方、単純に競合にはなり得ないと示唆する。

 「ミスタードーナツは、日本人のドーナツの味覚を作ってきた存在ですから、同じ味・同じ価格帯では勝負になりません。甘くてふわふわで軽い食感は当社商品の強みであり、差別化できる要因です」と商品に絶対の自信をにじませ、同社の店舗撤退の要因がコンビニドーナツの影響ではないと否定する。

 15年3~4月頃、ドーナツのファミリーマート導入やローソンの販売店舗拡大が始まり、一時的に売り上げに影響を与えはしたものの、ワッフルとドーナツを掛け合わせたハイブリッドスイーツ『ワフナッツ』の投入などにより、同年6月には売り上げが回復したという。

 「日本にはなかったドーナツ」であくまでもオリジナルの味と食感を貫くとともに、最近は宇治抹茶を使用した甘さ控えめの抹茶オールドファッションなど、日本人の味覚に合わせた独自商品の開発に意欲的だ。年内をめどに、効率的な店舗運営ノウハウを作り上げ、来年以降は再び地方に進出したい考え。

 「福岡や広島でも店を閉めたあと、『戻って来てほしい』との声が多く寄せられました。期待に早く応えたいですね」と若月副社長。2016年度はこのほか、既存店舗の改修にも力を入れるという。(出典:The Page、取材・文:具志堅浩二)