朝5時に起きて、薬師寺東京別院(五反田)に行って、暁天講
座なるものを受けて参りました。
父母恩重経について、大谷てつじょう執事から法話をいただき
ました。
父母恩重経については、いくつもサイトがありますので、ご覧
いただければと思います。
http://homepage2.nifty.com/shinran/other/
http://www.geocities.jp/riknny/bumo_zen.html
etc.
父母恩重経では、対話の大切さが説かれている。ちゃんと対話
をしていると、お互いの気持ちが一緒(両情一致)になる。
おっぱいをもらっている赤ちゃんが喜び、それを見ている母親
も喜んでいる状況は、まさに両情一致である。(口を使って話
をするだけが対話ではない。自分との対話は、口を使わない
だいjy例である。)
その時の母親は、見返りを期待せずに全てを与えるという姿
勢(これを布施と呼びます。←本来、お坊さんへの心付けとい
う意味ではない。)をとっている。お乳という物質を与え、いい子
に育ってねという愛情を与えている。だから、人は母親との絆が
強くなる。
この一方的な与える行為に対して、赤ちゃんも見返りを求めず
微笑み返し、感情の一致が起きる。
対話というのは、母子、父子の関係だけではなく、夫婦、友人、
上司、部下、先輩、後輩、自分自身、全ての人とすることが大
切であり、対話することにより、お陰様で生かさせていただいて
いることに気が付く。
父母恩重経では、10の恩が書かれている。
(1) 懐胎守護の恩
(2) 臨生受苦の恩
(3) 生子忘憂の恩
(4) 乳哺養育の恩
(5) 廻乾就湿の恩
(6) 洗潅不浄の恩
(7) 嚥苦吐甘の恩
(8) 為造悪業の恩
(9) 遠行憶念の恩
(10) 究竟憐愍の恩
※説明については、時間の関係上、そして、あくまで今朝の講
座は、プロローグですから、学びたい人は自分で勉強するとい
う意味もあり、割愛されました。
(1)~(7)は、物心つく以前に行われた行為
(9)、(10)は、物心ついてからのことなので、子供も気が付かな
い訳ではないが、行為ではなく、心配心などの”こころ”の恩な
ので、気付きにくい。
(8)は、上記のどちらの要素も含んでいる。
要するに、子供(私たちみんな親の子供)は、母(母とは限らず、
周りのみんな)から恩を受けているが、受けている恩は、目に見
えないことばかりで気が付かない。そのことを認識して暮らさな
くてはいけない。すると報恩感謝の気持ちで生活できる。
我を張るから、頑張るという言葉が変形したということは、有名
(らしい。)。この頑張るという言葉には、自分だけが勝というこ
とが表現されている。
頑張るの対義語は、何でしょう?実は、感謝なのである。自分
一人でのし上がり、世間に認められたとしても、家庭に笑顔が
なければ、本当の幸せは訪れない。常に感謝の気持ちで暮ら
したいものである。
合掌