気にする必要の無い、忘れてしまえるような不快な出来事に
心を奪われいつまでもその過去を胸にしまい大事に抱え、
時には胸の内から取り出し過去に過ぎ去った不快な
感情までも反芻してしまう・・・。
そんなことも、日常、無きにしも非ずです。
むしろ「目先の些細なこと」ほど、数が多く出会うために、
一見、それだけが日常であるかのように感じる時さえ
あります。
しかし「小事にこだわるには、人生はあまりにも短い」
という名言を残したのは、確か1800年代を生きた
イギリスの政治家で賢人、ディズレーリです。
時には自分の悩みの大きさや重要さを測る必要が
あるのかもしれません。
もしも小さな忘れてしまえるほどの不平不満、
悩みや怒りに埋もれているのなら、人生の多くの時間を
無駄にするのかもしれません。
不平不満や悩み、怒りといった感情からの疲労感は、
時として、充実感を伴って、あたかも自分が正義であるかの
ような錯覚すら起こさせます。
しかし、嵐の後を見渡せば、そこには荒れ狂った心の残骸が
無残に転がっているだけです。
廃墟にいながら、不快な過去をビデオのように何度も再生し、
楽しむべきではないと思いませんか?
その分、美しいこと、重要なこと、発展性のあることに
時間を費やす方が、よほど充実した人生となり、
その人生は空想や幻想ではなく、確実に私たちが実在している
場所となるはずです。