私が中学生ぐらいの時にグループサウンズが、
ニューミュージックとしてその時代の大人達に「今時の若いものは」と
言われながらも長髪スタイルと共に大流行しました。
グループサウンズ、フォークソングの影響で、ギターが大流行しました。
若者はギターが弾きたいと皆ギターを買い求め、ギター教室が大流行、
テレビや通信教育でも盛んにギター教室が行われました。
やがて、若者たちの関心はエレキギターへと移って行きますが、
俗に言うところの「クラッシックギター」も沢山のファンがいました。
映画「禁じられた遊び」のテーマ曲を自分で弾きたいとの思いから
多くの人々が果敢にギターに挑戦しました。
各地で盛んにコンサートなどが開催され、
職場や学校ではアンサンブルが組織されました。
私の家でも姉がギターを父親から質屋で買ってもらって、
我が家にもギターが出現しました。姉は器用だったので、
流行の歌をギターの伴奏で歌っていました。
私もギターに興味を持ち、姉の留守を見計らってギターを触っていました。
私も「禁じられた遊び」を自分で弾きたいと思い、
「東京ギター音楽アカデミー」の通信教育でギターを学び始めました。
毎月送られてくるテキストとレコードを楽しみに、
悪戦苦闘しましたが、テキスト通りなかなか進まず。
あっという間に最終回のテキストが届いてしまいました。
その後も自分なりのペースで、テレビのギター教室や、
様々な教則本を副読本に練習を続けました。
高校生になった時分には、学校から帰ったらギターを握り、
練習に夜遅くまで励みました。
その当時7,000円のヤマハギターを近くの楽器店で購入した
嬉しさも昨日の様に覚えています。
また地元の楽器店のギター教室にも通い始め、
松永武先生にギターを習い始めました。
そして先生が社会人や学生で組織している
「松永ギターアンサンブル」のメンバーにも加わりました。
ちょうどその頃、高校の担任の先生がギター音楽ファンで、
その担任の先生が阿部保夫さんを招いて
全校生徒が体育館で阿部保夫さんのギターを聞きました。
またその担任の先生が顧問になりギター同好会が組織され、
担任の先生から勧められ、私もメンバーの一員にもなりました。
正に私の青春はギターでした。
当時、何かの生きがいを自分なりに求めていました。
何かに夢中になりたかった。私はギターにそれを見出し
「自分は将来プロギタリスト」になるんだと、無理やり思い込み、
それを生きがいとして、
その当時の自分の今からの人生に対する不安を静めていたような気がします。
毎日のレッスンの記録をつけ真剣に練習しました。
そのレッスン日記は現在も残っています。
たわいも無い内容ですが、今、記録しておいて本当に良かったと思います。
それを見ると当時の自分に戻れます。
その後高校を卒業し、専門学校へ進学、中退・・・・、さまざまな出来事があり、
21歳で最初の結婚、ギターなど握る余裕は私の中には存在しなくなり、
いつしかギターは押入れの奥にほこりをかぶって放置され続けられました。