帰国して2ヶ月が経とうとしています。


車の免許の書き換えがなかなか上手くいかなかったり、仕事をしていないからクレジットカードが発行してもらえなかったり、いろいろな手続きにハンコが必要だったり、新生活はなかなか大変だなー、、、って感じで2ヶ月経ちました。


この間に何人かの経営者や開業者、長野で現役で活動されているアスレチックトレーナーとお話をさせていただく機会があったけど、話してくれたのは大体似たり寄ったりな感じのことだった。 なんだかあたりさわり無く、ロルフィングはまだ流行らないだの、開業するのは大変だの、長野じゃ仕事ないよだの。 いわれちゃった。  まあ、それが現実なんだろうけど、Positiveなことが出てこないって今の日本みたいじゃん。


つい最近までは興味をもってくれていた人もすーって感じで離れていっちゃったりするし、なんだか肩すかし食らったみたいで、ぜんぜん手ごたえが無かった。


でもお陰でわかったことは、誰と話してもこの業界の人と話したら大概同じことを言われるってことが解ったこと。 

それよりも、ATとか治療院とかをやっている人意外と絡むほうが面白いって解ったことは収穫だった。 やっぱり新しいことをしようとしている人たちは、訳のわからんエネルギーを感じられていい。 そういう人たちとつるんでれば、きっと面白いことが起こる気がする。


どの業界でもそうだけど、そこにある固定観念って物事をつまらなくしてるよね。



ロルフィングが俺をおもしろい方向へを導いてくれますように。









ずいぶん長い間ほったらかしてましたが、、、また今日から、やっていこうと思います。

ちなみに11月7日の夜に長野に帰ってきました。 10年過ごしたアメリカから母国に戻ったわけだけど、これといって思い耽ることもなく、いまはただ、早くいろいろ始めたくてウズウズしてます。


時差ぼけの中、夜中の2時に眼を覚まし、昼間した荷物のアンパッキングのことを思い出しながらお風呂で湯船につかりながら、ごみのことを少し考えてた。  


引越しとかすると結構なごみが出るんだけど、 日本のごみの分別でちょっと戸惑いました。 プラ、可燃、不燃、資源、、、いろいろ細かく分かれていて、、、”日本はリサイクルに関してはすごく進んでいるな~” ってつくづく思った。

アメリカで長い間過ごしていたテネシーの片田舎では、ゴミは分別する必要は無く、ドラム缶サイズの大きなプラスチックコンテナに全部入れて、週に一回、待ちのゴミ収集車が玄関先まで取りに来てくれる。  最近やっと、勤めていた学校内にリサイクルセンターができたけど、、、考え方の古い方たちは、”リサイクルって何?” って感じだったし。

それに比べてロルフィングを勉強しにいった街、ボルダーに住む人たちの多くは日本の人たちがするように細かくゴミを分別し、街ぐるみで、資源を無駄にしないように意識している。 最初に行った時は”こんな街もあるんだな~”って思った。  


それにしても、アメリカって両極端だ。 自分たちの意思で、自分たちの住む環境と共存するために何をするのがいいのかを考え実行している人たちも沢山いれば、”Who cares、、、”っていって浪費している人はもっと沢山いたりする。

日本って平均的。 いいことも、悪いことも、周りがするから自分も、、、って言う人が少なからずいるかなーって感じる。 
これも控えめな日本人の国民性なんだろうけど、やっぱり、いけない事はいけないってしっかり言える日本人になりたいわ。 ゴミが落ちてたら、拾ってゴミ箱にいれられる人でいたいし、いじめられている人がいたらいじめている人を注意できる人でいたい、、、そしたらも少し住みやすい国になるんだろうね。 


アメリカのインディアンのことわざにこんなのがあります。
”私たちの住んでいるこの土地は子孫へと受け継いでいくものではない、私たちが彼らから借りているのだ”


パワフルな言葉です。 他の人たちから借りているものは大切にしましょう。 
たねまきを始めました。

昨日は、来シーズンから長野から参戦を決めているBJリーグの代表に。
今日は、市内で開業している鍼灸院へ。

福岡に蒔いといた種はまだ季節じゃないらしく、時間がかかるみたい。


さてさて、これから毎日一粒づつでも蒔いていこうとおもいます。


RISIでのトレーニングも、のこすところあと2週間。 
Finish strong だな。

頭で考えて迷った時
どちらが正しいとか”考え”ても答えはでません。

そんなときは下へ下へと下げればいい。

頭の下の方にあるのは胸。


私の胸は、何が楽しいことわかってるはず。

頭で考えることから胸で感じること。
迷ったときはそうすればいい。


Intuition!

この二つまったく違うイメージだけど、実はよく似てる。



心の痛み、体の痛み。
この痛みにマスクすることなく、正面から向かい合い、味わいつくすこと。

どうやらその向こう側にあるのが癒しというものらしい。



こんなことも考えながら生きてます。