とある本に引用されてた分の引用です。

 

私に関係のない場所で

私に関係のある事が始まる

私は原因になれぬのに

私に結果ばかりがふりかかる

 谷川俊太郎「私の私」(週刊朝日 一一・二〇)

 

今の自民党政治に対する、自分自身の気持ちと完全にオーバーラップしたので紹介させていただきました。

 

ここんとこ、戦後の日本史的な本をいろいろ読んでて、今まで知らなかったことがあまりにも多かったと愕然としています。

「政治には金がかかる」の意味合いがよくわかりました。

そして、その資金源が今でいう反社会組織も多く含まれてたであろうこと。。。

 

日本の政治は一朝一夕で腐ったのではなく、戦後一貫して腐ってたのです。

 

安部さんのいう「戦後レジームからの脱却」とは、このような腐敗政治をリセットする理想を掲げたものだったと思います。

それを考えると本当に残念でなりません。もう今の自民党にはそのような崇高な意思を持つものは皆無でしょう。

 

ところで、戦後の自民党の資金源が反社会組織だったのだとすると、暴対法が施行され反社会組織の弱体化が進んだ現在はどうなってるのかと、ちょっと疑問に思えてきました。

 

・・・あ、いや、考えたらすぐわかりますね、外国資本です。

ようするに、自民党の主たるパトロンが反社会組織から外国(主に中国)に変わった。

なので、それまでは反社会組織のいいなりだった議員が、今度は中国のいいなりになった。

 

その結果、日本国民は置き去りにされ、国民生活が苦しくなるという「結果ばかりがふりかかる」という結果につながるってことです。つまり国民の現状は原因にもとづく結果なのですが、その原因になることはできない。。。

 

「いや、日本は民主主義国家であり、そのために国民の代表である代議士を選挙で選んでるのだから、原因の一因は国民である」

 

ともいえるでしょうが、3回の選挙で惨敗してもなお総理の座に居座りつづける「人知を超えた存在(高橋洋一さん談)」を引きずり下ろすころすらできない現在の政治に象徴されるよう、国民の意思では日本の硬直した利権政治を変えることはとてつもなく困難です。

 

この現状を打破するには、安部さんのような理想と力とカリスマ性を兼ね備えたリーダーが再び出てきてくれるのが一番ですが、当面どう考えても無理。

いよいよというときには「力による現状変更」を試みる集団が出てくる可能性も否めません。

 

そうならないためにも、早く自民党が目を覚ますか、もしくは消え去るかしてくれないと、国民の怒りのパラメータが上昇する一方です。「閾値」を超えるまえになんとかしないと。。。