「私たちは資本主義・民主主義陣営だ!」

 

となんとなく敵対勢力に対するカウンターとして標榜している人が多い気がするけどそもそも資本主義・民主主義って何?

 

AI先生に聞いてみると、

 

・資本主義:経済的な活動や生産手段の私有化、市場経済の発展、競争と利益追求を基盤とした経済システム

・民主主義:政治的な意思決定を個々の市民が参加し、平等な権利と責任を持つことを重視する政治システム

 

・・・あれ?これってよく見ると結構共存が難しいシステムじゃない???

 

そういえば昔聞いた社会主義者に関する講義(ちなみに前ブログと同様)で面白いことを言ってる先生がいました。

 

資本主義と民主主義には本質的緊張があり、基本的には両立しない。

なぜなら資本主義は”消極的”自由の系、つまり干渉されない自由の系に対し、民主主義は平等の系であるからだと。

 

では常に両立しないかというとそうでもない。

社会の経済状況が良いとき(?)は両立することもありうる。

がそのバランスが崩れたとき「資本主義>民主主義」となればファシズムへ向かい「民主主義>資本主義」であればコミュニズムに向かう。

 

つまり私たち「西側先進国」を自称する国々は「資本主義・民主主義」社会を守るためには絶妙なバランス感覚が必要不可欠ということになる。』

 

こんな話だったと思うけど、詳細は忘れたうえに僕のアレンジがかなり入ってるのでここでは僕の意見ということにしておきます。

 

なんにしても、この話ってすごく今の現状を考えるのに参考になる気がする。

 

毎度で申し訳ないけど、既得権益を守ろうとするマスゴミや老害外郭団体、公金チューチュースキームのおこぼれにあずかろうとする破廉恥NPO、LGBTQ・自然環境保護などを隠れ蓑にするパ翼団体、こういったくずどもが「資本主義=消極的自由の系=自分さえよければいい」という考えを増大させることで「西側先進国」として成り立つための条件を崩そうとしている。

 

先ほどの定義に従えば日本はファシズムへ向かう。

 

が、前回のブログと全く同じロジックになってしまい前回のブログを読んでいただいた方には申し訳ないけど、西側先進国の資本主義と民主主義の絶妙なバランスに揺さぶりをかけることで、西側先進国を崩壊させ新たな独裁をもくろむ国家の存在も十分に意識しておく必要がある。

 

なんせ資本主義と民主主義のバランスがずれるだけで西側先進国的国家は危機に陥る可能性があり、だからこそ西側先進国の人間は歴史・知識を学び知性により判断することが必須なのだ、それができないFランのあほや老害は僕的には政治に口出ししてほしくない、まあせいぜい「デビルスアドボケーター(会議等において極論を避けるためすべてに反対するだけの人間)」として存在している程度にしといてほしい、かつてのK党のように。

 

最近、毎回途中から同じような内容になってしまいお恥ずかしい限りだけど、どうしても昨今のニュース、インターネット等を見てると我慢ならないことが多すぎて、すべての根っこが同じところ(何かグループ?)にある気がしてならない。

 

ぼくがここで声を上げてもどうにもならないけど、どんなに無駄でも今思っていることを書き残しておきたいと思いこれからも気が向いたときに駄文を投稿していきます。

 

追伸:

書き終えてから気づいたけどあほパ翼の論調の多くは、資本主義が民主主義とのバランスの上に成り立つという事実を無視したうえで、資本主義の弊害をあほみたいに叫ぼうとする。資本主義が消極的自由の系=干渉されない自由の系であるとすれば、それを非難することは至って簡単だ。だかもちろん資本主義にもメリットはあり、民主主義と融和できるための思考を続けることで社会に有用なものになる。パ翼があほに見えるのはそういう原理を無視して一方的な論調のみを主張するからだということに気づいた。そのうえでそれを悪用して幼稚な言い訳をもとに自分の懐へお金(公金)を回していこうとする輩がいるとすればそれは社会主義ですらなく劣化版資本主義≒守銭奴と捉えられてもしかたがないだろう。