マイクロシーベルトと言う単位が付きます。
仙台の東部にそのまんまの仙台東部道路と言う高速が南北に通っています。そのまま北は三陸道に続き、石巻を経て志津川の手前まで開通しています。
そして南は仙台空港の脇をかすめて、常磐道に接続してます。
と言う事は例の原発の辺りを通る訳です。その為に高速道路上に放射線量の値が表示されていて、日によって数値が変わるんです。
そんな中、先週の日曜日の仕事は福島県の楢葉町に行く事になっておりました。
仙台からおよそ170キロ。当然高速ではなく一般道を通るんです。
高速は今年の3月に相馬と富岡間が完成し、東京まで全線開通しました。
一般道は数ヶ月前から原発付近も通行できるようになっておりました。
今回で通るのは3度目です。帰宅困難地域は車のみしか通れず、駐停車禁止で一気に通りすぎなければいけません。交差点は信号は点灯していません。両脇の道はバリケードがしてあり直進するのみです。
過去2回は夜に通行したのですが周りは廃墟のようでした。人家があり、コンビニもそのまま看板を掲げてあり、大型電気量販店に牛丼屋にパチンコ屋。
潰れてしまったあのような感じではなく、ただ人だけがいなくなった状態です。
道の途中には警察が監視をしており、原発付近になると白い防護服を着た人も監視しています。
一番最初に通った時は途中で窓を開けてみたのですが、後から聞くと窓は絶対に開けてはいけないみたいです。
そして先週3度目の通行になりました。

浪江町
その次は写真はありませんが双葉町。ここから二輪以下は通行できません。

そしていよいよ大熊町。震災の日にここに来る予定だった場所です。

そして原発の案内看板。

その南の富岡を過ぎると少し安心

楢葉に入りました。ようやくコンビニが1件開いていました。しかしまだこの地域も住める地域ではありません。この日伺うお客さんもいわき市に避難されているそうです。
一応楢葉は自由に自宅に行けるらしい。ただ自宅に泊まる場合は許可が必要との事です。帰宅準備区域になるらしいですが、本格的に帰れるのは2、3年後になるとか…

除染を行った後にまた放射能に汚染されないようにブルーシートがかけてある家が多いです。
お客さんの家も同様のシートで覆われていました。お客さんの家の周り近所もほとんど人がいない。
電気も水道も通っています。ピアノの置いてある部屋の放射線量も計られたそうですが問題なかったようです。しかしピアノの内部の空気はわからないです。
仕事が終わった後にもう一度部屋の線量は計測してほしい事を伝えました。
このお客さんだけでなく他の住人の方もこういう事を頼むのをためらってられるようです。そしてピアノに関わらず外からの業者はなかなか来てくれないそうです。
今回の仕事も会社側ではだいぶ話し合われたようです。この依頼が来た時に「あいつ(僕の事)は絶対に行くって言うはず」
もちろんです。会社からこの話を聞いた時は迷わなかったです。普段の雪の深い地域でもそうですが、困難になればなるほど燃えてきます。時々燃えすぎて火傷しますが…
会社やボスが大火傷しないようにセーブしてくれてます。感謝感謝
そして今回は話し合った上でこの日はこのお客さんのみ。他のお客さんの家に行った時に黙っていればわからないかもしれないけど、幾分かの放射線を浴びている可能性があるためです。
サービス業=奉仕=自己犠牲。犠牲と言うと適切ではないかもしれないけど、人様や世の中にどれだけ身を捧げれるかと言う事です。そりゃ命まで捧げる事はないと思いますが。武士道にはなれませんよ。
帰宅後、車は念入りに洗車。特にフロントバンパーは結構汚染されるようなので。そして風呂にしっかり入りました。
一応ぴんぴんしてます。
福島市内でもそこら辺で道路工事かと思いきや、除染活動が行われています。














