3月11日。
「何の日?」と聞かれれば日本中知らない人はいないでしょう。
そう、東日本大震災
たくさんの命が失われた日。たくさんの家や大事な物が流された日。
たくさんの人の夢や希望が流された日。
この日を境に運命が変わった人が大勢いる。
それは「運命」という一言で表現してもいいものなのか?
しかしそれ以上の言葉が見つからない。
俺自身、偶然か必然か解らないが当日そこに居合わせた。
その惨劇を目の当たりにしてどうしていいかわからなかった。
昨今、メディアや世論は「復興」という言葉をよく使う。
「復興」とは何なのか。流された街を再建すること?道が通行できるようになること?
それではあまりにも陳腐な言葉だと思う。亡くなった方の命は「復興」しない。
生き残った人たちの心はどうなる。これから何十年と汚染された福島第一原発の近隣住民の方たちは?
またそこで今もなお、復旧に携わっている東電社員の方たちは?
日本の真ん中ではそういった事をないがしろにして足の引っ張り合いをしている役人たち。
このままでいいのか?
当初、このブログを立ち上げた時にどうしてもこの東北の現実をたくさんの人に知ってほしかった。
しかしながらこのような場所で何かしたところで・・・という気持ちがためらいをもたらせたのも事実。
俺個人で何かできる事などなにもない。それだったらあの場所からの生還者の一人として、
あの日の出来事をたくさんの人に知ってもらう、後世に伝えていく事が使命だと思った。またそれが俺の
「運命」なんだろう。次回からあの日に遡って回想録を書いていきまさす。
これを見て何かを感じてくれるとありがたいです。
あの日たくさんの犠牲になった方に心から追悼の念とお悔やみを申し上げます。