5億円男ができるまで - (1)バブル
よく考えると私がどんな経緯で今に至るか、きちんと書いていませんでしたね。
これから徐々に書いてみます。連載モノです。
私が就職活動をしていたのはかの不動産バブルの真っ只中でした。
学生でしたので「バブルへGO」にあるようなお札ピラピラや銀座豪遊といった経験は残念ながらありませんでしたが、それでもかなり異常な、ただならぬ雰囲気を体感できました。
学生が設立した企業が都心一等地のマンションで活動していた例が多数ありました。といってもパーティー開催や学生アンケートの類ですので、今のベンチャーとは全然モノがちがって不真っ当なもんでした(上場したガーラはそんな学生企業の生き残りじゃないでしたかね)。
本郷にある某国立大学の文系に在籍していましたので、官僚になるか、興長銀か、都市銀行か、バブルの勢いもあって選び放題のなか、同じ大学の友人から「外資系の証券で話きいてみない?ゴールドマンサックスっていうとこ。」と話を持ちかけられました。
なんでも、日本ではまだ小さいけれど、野村など大手証券で腕の立つ人ばかりをヘッドハントしているところだと。
友人が会った40過ぎの人は、給料もいいし、仕事を通じてお金の稼ぎ方は完璧にわかってるから何の心配もない、こっちの世界に来ないか?なんて言うそうです。明らかに中流未満の家庭に育ってきた私にとってはこれは魅力的でした。
しかし、全くのドメ(注:国際人の反対)であった私は、外国の会社に勤めるということが「公用語が英語だと全然無理だ」「すぐクビになるらしい」といったPOORなイメージでしかなく、結局接触しませんでした。
これが私が生まれて初めて外資系金融機関というものを意識した瞬間でしょう。
結局、とある非財閥系事業会社に内定し、平凡なサラリーマンライフが始まろうとしていました。
ちなみに卒業直前、今と同じようにたくさんの新興不動産会社がバタバタ潰れていました。MZA有明を運営していた会社とか、汐留に大きなイベントホールを持っていた会社とか、あれは何だったんだろう・・・