■「暁の国会」へ


公聴会の後、社会党は審議拒否の強行戦術に打って出る。このとき、衆院文教委員会の委員長は、社会党の佐藤観次郎であった。「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(新教育委員会法)の法案審議は遅々として進まず、また、委員会室も社会党議員に 占拠され、清瀬文相は入室さえできずに、国会図書館で読書三昧の日々に明け暮れることもあった。


こうしたことが、自民党に激しい焦燥感を募らせた。ついに、自民党は事態の強引な打開に踏み切っていく。1956(昭和31)年4月17日の衆院本会議に、19日の本会議での文教委員長の中間報告を求む、との動議を提出。野党の反対を押し切って、これを成立させた。

これに対し、社会党は19日の国会で清瀬文相の不信任案をもって対抗する。時間引き伸ばしの演説をぶとうとする同党の高津議員が演壇で卒倒するというハプニングまであった。会議はついに夜を徹し、「暁の国会」となった。


新教育委員会法案が上程された頃から波乱を呼んでいた衆議院も、いよいよ最終局面を迎える。4月20日、この日も未明から議院運営委員会その他で、自民・社会両党による二転、三点の攻防が繰り広げられた。そして、夜の本会議、佐藤文教委員長の中間報告がついに行なわれた後、「直ちに新教育委員会法案を本会議に上程すべし」との動議を自民党が提出、これが可決された。



■衆院は自民のゴリ押し勝ち


そこで問題の発端は、益谷秀次・衆院議長が、佐藤文教委員長の中間報告の後、「委員長報告はただ今お聞きのとおり」と宣告し、質疑には触れることなく直ちに討論に入ったことであった。


これに対し、社会党側から早速異議が出された。今の先刻の中にある委員長報告とはあくまで「中間報告」であり、一般の委員長報告とは違うものであること。そして、議題に供した同法案は一般の議事手続きに従って討論の前に質疑を行なわせるべきだ、というものである。


議長は討論終了後、先の宣告を取り消したが、収まらないのは社会党である。「取り消しは自らの誤りを認めたことであるから、当然、議事は討論前の状態に戻すべきだった」とたたみかける。そして、その無効を主張し、ついに全員採決には加わらなかった。


社会党議員棄権のまま、自民党議員の賛成220票でようやく衆院を通過、以後攻防の舞台を参院に移すこととなった。


「中間報告」された法案を直ちに本会議で議題とする例は衆院にはなく、参院において2回だけあるというかなり異例な扱いであった。そして、なおも社会党はこの採決を無効として糾弾するが、事態は動かなかった。この間、106条にわたる全条文のうち、逐条審議されたのは、わずか7ヵ条であった。


そういうことがあった翌日、東京都教育委員会の松沢一鶴委員長始め、6名の委員が辞表を提出している。



■天王山へと駒は進む


法案が参議員に送付されてからも、ほうぼうで反対運動は勢いを増した。5月2日、日教組が725万人の法案反対署名簿をトラックで国会に持ち込んだのを皮切りに、日教組第14定期大会での法案阻止決議(10日~14日)、全学連法案反対スト(16日)、全教育委員会・全地教委・日教組による三宅坂での雨中の座り込み(23日)と、めまぐるしい動きが展開していく。都教組も連日三割動員を始めた。そして、一方、院内では公聴会も開かれていたのだ。


その5月下旬、自民党内部に内輪もめがあった。新教育委員会法案と小選挙区法案のいずれを優先させるかをめぐってのものだった。衆院議員の大勢は「小選挙区」、対する参院議員たちは「新教育委員会法案」、互いに主張を譲らなかった。ここで同党の参院議員たちが「小選挙区法案」の優先を嫌ったのは、この法案が次の参院選挙に及ぼす悪影響を案じてのことであった。文相の清瀬も、「新教委法案」優先に奔走する。そのかいあって、党議もようやくまとまった。


反対派の社会党は「あくまで阻止」を絶叫し、闘いはいよいよ“天王山”へと向っていく。



■“良識の府”で場内乱闘


5月11,12の両日にわたる文教委員会公聴会の後、24日まで続けられた審議はその後はかばかしく進展しなかった。社会党は、加賀山之雄・文教委員長(緑風会)の委員会室への入場を阻む戦術を取り始めたのである。


会期末まであと4日と迫った30日、業を煮やす自民党は「今や参院においても、院外の日教組を主軸とする労組のデモに呼応する社会党の計画的暴行と脅迫によりすでに1週間にわたり文教委員会は開会不能の状態におかれ、法案審議の国会機能は暴力のため完全に停止するに至った」と声明し、社会党を激しく非難する。


社会党も黙っていない。「与党両院議員総会が衛視の動員を決めてわが党を威嚇し、あたかも責任が社会党にあるかのごとき錯覚を国民に与えようとしていることは、笑止の限りである」と、同じ日にやはり党声明で反撃する。


与野党の互いの敵愾心は、翌31日、ついに爆発した。法案の中間報告をめぐって、両党乱れての乱闘に発展するのである。この乱闘で、衛視の中に重軽傷者6名を出した。世論や学識経験者は、いっせいに議員たちの暴力沙汰に激しい非難を浴びせた。



 《今回は、ここまで》