先日朝鮮日報のコラム「先進国になれない韓国、本当に憲法のせいなのか」を読み興味深い点が何点かありましたので紹介したいと思います。
「いまさら、朝鮮との比較文化、歴史には興味が無い」
「高雄のオッサンも随分と暇人。。」と言われそうですが、いつものオチは忘れておりませんので、お付き合いをお願いします。
コラムは今回に朴槿恵大統領のとその友人との公文書・国家機密文書の取り扱いに関する一連の事件の過程で、 李元鐘(イ・ウォンジョン)韓国大統領秘書室長の発言が物笑いの種になった事を切り口にしたコラムです。
コラムによれば、このような事件はつまり、特別な友人が、 大統領の演説文を手直しすることは可能かと問われ、「封建時代にもあり得ないこと」と答弁したに目がとまりました。
近代と言う時代の洗礼を受けていない朝鮮半島の国の出来事には、大して興味のない事件です。
またせこい話に、国中が、国を挙げて火病を起こしている、けったいな国で、それを、国民と同様の大して頭のよくない、マスコミが上から目線で、社会風潮を論評することで、自分だけは違うレベルにある事を錯覚できる感触を楽しんでいることはミエミエなので、論調の内容は大して問題ではありません。
むしろこの混乱で、年内の朴槿恵大統領の訪日が実現しなくなり、その手土産として噂されている日韓スワップがの実現が遠のく可能性のほうに、そこはかとない愉悦感を感じているkazanです。
コラムニストは、
李室長は「封建時代ならあり得ること」と答えるべきだった。封建時代は国王、領主、家臣が主従関係を結んで分権していた中世を指す。と切り込んでいるのですが、の国の封建制は日韓併合で李氏朝鮮は倒れ、朝鮮半島の封建時代は終わったと認識しているkazanの頭をかすめたのは、「この国に先進国が歩んだような近代という時代があったのか?」という疑問が沸き起こりました。
だが、これは制度的な表現にすぎず、封建時代の本質は近代と比較して初めて明確になる。
近代は国民主体の国民国家と産業化を中心に法治、合理、科学、自由という価値が具現されていく時代を指す。
私たちが生きる今を「現代」と呼ぶが、実際はほとんどの人が近代に形成された価値を常識として共有している。
コラムニストの 鮮于鉦(ソンウ・ジョン)論説委員の認識とあまりにギャップがあるので、仰天したのです。
日ごろの、「日帝が~ッ!」と事あるごと叫び、日帝が、この国の近代化を妨げたと言っていますから、まさかのまさか日韓併合時代が近代ということは無いだろと思うのです。
つまり国民国家になったのは、第二次大戦後のことで、ここで、純粋な近代ではなく似非近代史を劣悪なオツムの中か、ファンタジーで疑似体験し、現代にいきなりワープした歪な歴史を正視していないことがミエミエの論調ですから、この論説委員の頭の構造を疑ってしまった訳です。
先進国の近代は国民国家の誕生と市民社会の勃興、経済史でいうなら、農業経済から産業革命を経て、近代と定義しているはずですから、彼の国には近代は無かったと認識すべきなのです。
とこらおが、少々オツムのよさそうな論説委員が、自国の歴史も知らず、いわんやその評価すら知らないのに、近代を経験して現代に至っているという認識なのですから理解に苦しむのです。
この国が本当に100年とか200年の近代を経験していれば、今の様な日韓のこだわりや齟齬はあり得なかったかもしれません。
この国は、1945年に現代になり、その現代に時空のいち空間と時間を近代を経験するファンタジーで補ってきたと言えます。
従って、国の精神的な風土と言うか、インフラが欠如しているのですから、現代社会では考えれない事件で、国民、政府、議会、国民が火病をおこすのではないかと分析できました。
被疑者がさらし者なって、詰めかけた大衆の謝罪を乞い、その次に司法の追及を受けるというプロセスは、近代というより、封建時代が現代と同居している典型だろうと分析ができます。
セォウル号沈没事件、ナッツリターン事件、産経新聞加藤ソウル支社長の拘束事件、慰安婦像、慰安婦問題、反日教育等、駐韓米国大使刺傷事件後の騒動、
全てが火病であり、集団ヒステリー症候群です。
ダメな国・韓国は永久に韓国だろう。
その呪縛から解放されるには、併合時代の歴史を冷静に科学的に正視し謙虚に与えられた近代を評価して、初めて一人前の国家になるのだということを学習する必要があると考えます。
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引用元:近代が無かった朝鮮半島の火病の国
昨日のブログで映画・キューポラのある街のポスター画像を貼り付けました。
そん関連で、これに関連したテーマで記事を起こしたいと思います。
キューポラのある街は埼玉県川口市が舞台です。
正確に言うと、JR川口駅周辺と言った方が正しいでしょう?
その地域に多く点在した鋳物工場の炉がキューポラと言われておりました。
そこで生活する、在日朝鮮人の一家が、総連と国にの帰還事業で北朝鮮人へ帰国する内容が主テーマですが、社会派の映画として、日活が制作したものです。
帰国事業は、北朝鮮サイドでは、朝鮮戦争が終わり、国家建設のために労働力と工業高校以上の学歴のある理数系の技術者を確保するために、在日朝鮮の帰国を計画しました。
日本での推進母体は朝鮮総連と、当時同志的結合で結ばれていた日本共産党でした。
これに、日本政府が乗っかりました。
理由は、終戦後、朝鮮半島から密航して入国した朝鮮人が、戦前強制連行で連れてこられたという理由で、在留権を求め、いわゆる在日朝鮮人として日本で大きな勢力を持つに至り、戦後のドサクサの頃は、根拠の無い「戦勝国民」を名乗り、傍若無人な振る舞いをして、日本人への暴行や、駅前一等地に居座り露店やその類の非合法な商売を行い、我が物顔で集団化し、治安を著しく不安定にしておりました。
まして反政府運動の先頭に立っていたのも在日朝鮮人でしたから、政府としては、「渡りに船」でその事業に乗っかりました。
北朝鮮と総連、それに日本共産党は、北朝鮮が「労働者の天国」で、支配階級のない「労働者の国」であり、「地上の楽園」であると持てはやされました。
共産主義は、労働者の衣食住を保証していると謳いあげ、政府は、これ幸いに後押しをしたものです。
作家早船ちよは社会派の作家・児童文学者で当時は埼玉県浦和市に住んでました。
浦和市は川口市大宮市に挟まれた県都で、舞台となった川口はとは隣り合わせの都市です。
その作品を監督したのが日活の浦山桐郎ですが、傷害で10本の映画をつくりましたが、傾向は少々社会派です。
映画の発表が1962年ですが、帰還事業が本格的に始まったのは、1959年・昭和34年です。
wikipediaからの引用です。
北朝鮮が高度に閉ざされた体制をとっており、自由な往来が不可能であること、領域内において外国人の自由な活動を許していないこと、北朝鮮の文書資料の入手に難があることから、帰還者たちがどのように処遇されたかは脱北者などの証言からしか詳細には把握できていない。
北朝鮮における身分制度である出身成分では最下層に分類され、また「動揺階層」として差別されました。
しかし、日本共産党の党籍を持っていたために「核心階層」となった者もわずかながら存在しますが、多くはその後の権力闘争の過程で粛清されました。
結局は地位上の楽園は朝鮮労働と、朝鮮労連がでっちあげたプロパガンダです、ほとんどの帰還者は妬みと差別の意味を込めて「帰胞」(帰国同胞)と呼ばれ、潜在的な反体制分子もしくはスパイとみなされ、社会的にも苦しい状態に置かれました。
その具体例が、多くは労働改革、思想改革と称して強制収容所にに収容され、そこで消息不明になった人が多数で、免れた人も多くは脱北し、韓国経由で韓国のパスポートを取得して、日本に戻った例が多く、やがてその実態は日本でも広く、語られるようになりました。
kazanの隣のクラスの学年の番長は1959年に帰還してますが、その後の消息は噂にも上げっておりません。
キューポラのある街の浦山桐郎監督は、後に日本共産党の礼賛を受けた作品を作成したことに、大変後悔をしたとする文章を読んだことがありますから、美辞麗句で送り出した共産党は、その実態を何も知らなかったのだということに驚いた記憶があります。
吉永小百合が社会派・左翼色に染まったのは、この浦山監督の影響を受けているのかもしれませんね。
特筆したいことはあと一点あります。
売春防止法が完全施工されたのが、1958年・昭和33年です。
いつも思うのですが、醜業に付いていた女性のうち、朝鮮人の配偶者、つまり朝鮮人妻として帰還する夫について、新天地を求めた人も多数いたのでは想像します。
この想像をしたのは、もう二十年ほど前に1997年頃一時帰国した15名の三回の事業で45名が里帰りを実現しました。
テレビにニュース報道では、その中の一人が、九州の実家に帰らないとい方が居りました。
聞けば、里ではすでに自分は死んだことになっているから帰るに及ばずとのことで、帰郷しない人でした。
これを見たときに、年代を追うと、売春防止法の施工が、1958年で帰還事業が始まったのが1959年でうから、年代的な環境は一致することから、醜業についたことで、世間体のための、親子の縁を切ったり、死亡・行方不明として、扱かわれたケースもったのでは想像したのです。
このケースを扱った小説も無ければ、手記も存在ないことに不自然さを感じるのですが、これも一つの、タブーなのかもしれません。
「赤線地帯」という映画では、女性たちのお客に、在日朝鮮人の役で登場する男優が居たような気がするのですが、定かではありません。
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引用元:帰還事業と「キューポラのある街」に連想すること
数年前に閉鎖したブログで「土台人」を取り上げました。
タイトルでは少々端折りましたが、「土台人(どだいじん/トデイン)とは、朝鮮民主主義人民共和国の諜報・情報機関の工作員が用いる用語の一つ」がfull表記です。
土台人・トデインは日本に潜伏した工作員の日本側の「協力者」のことです。
以前、拉致被害者のご家族のことを読んだときに、その拉致という犯罪で、日本側で犯人側に情報を提供した人物や、諸々の援助をした組織、つまり協力者の事を指します。
この犯人とは、北朝鮮工作員です。
個人の場合や、組織である場合がありその形態はさまざまですが、例えば、被害者のご家族が日常生活をする空間を、土台人と共有していることの不条理を訴えた内容です。
具体的には、それらしい目星のついた人が、自由に生活をしていて、例えば被害者のご家族が買いもに出かけたスーパーで、同じように買い物をしているというのですが、その時の被害者のご家族の胸中を推し量ると、その無念さはさぞかし辛い思いだろうと察します。
wikipediaでは、土台人を、
土台人として狙われるのは、経済的に余裕のある会社や店の経営者で、かつ帰国事業によって親族が北朝鮮に在住している在日朝鮮人の特別永住者である[3]。
朝鮮総連の秘密を暴く著作を発表してきたジャーナリスト・野村旗守の主張によれば、朝鮮総連の「学習組」等で熱心に活動する現役活動家は、公安警察の監視を受けやすいことから、朝鮮総連に土台人はいないとされているが、実際のところ、現在までに複数の朝鮮総連の元構成員および朝鮮学校元教職員が土台人となって、日本人拉致事件等の北朝鮮による対日有害活動を支援するために犯した罪によって検挙もしくは指名手配されている。
としております。
また調べてみますと、北朝鮮へ帰還事業で北朝鮮へ渡った家族で、その身内が関連個所にいる場合にも、土台人に仕立てあげられるケース顕著です。
この理由として、帰国した家族は人質として利用され、残った在日は、人質になった家族を考えると容易に北朝鮮組織の要求を拒めず、土台人になる点があげられます。
この土大人の存在を教えてくれたのが、舘雅子氏が出演した動画で体験談です。






