「お前が思うほどお前はスゴくはないし、お前が思うほどお前はクソでもない。

俺に言えるのはそれだけ。」

ティエルトの反応を少し待って、そして、

「要するに、俺はお前の不幸自慢にはもう飽きたんだよ。」

それで電話を切って、プリンスは携帯をソファーの上に投げ捨てた。




「ティエルトは、実際、そんなに不幸ではないさ。

生まれて来てしまったことが不幸だなんて言うなら、話は別だけれど。

彼は、少しばかりナイーブで、少しばかりセンシティブで、彼の少しばかりのプライドと理想が、彼の実際と少しばかり一致しないだけなんだ。

それに彼はまだ若い。

彼が現実に嫌気がさして、途方に暮れて、ふさぎ込んで…、…それでも人生は捨てたもんでもないと、そうやって思えるまでには、これからいくらでも時間がある。

それを、順番にこなしてゆくしかない、…順番にね。

最短距離でいけるなら美しいけれど、なかなか、そうもいかないけれどね。

…まぁ、とにかく、彼なら大丈夫さ、…僕とは違う。」

プリンスはふぅとため息をついて、それから投げ捨てた携帯電話をチラリと見た。

携帯電話はただの物体然として、液晶画面は無愛想に蛍光を反射させるだけだった。


その後のプリンスは、ほんの数秒単位でやつれていった。

彼の言葉は全て、ティエルトや彼の背後に広がる世界を何周もして、そうして最後には彼自身に帰り着いてゆく。

彼は自分の刃で自分を裁き続けている、これまでも、そしてこれからも。

彼が自由であろうとすればするほど、その対価が重みを増してゆく。

最初は小石ほどの小気味の良い自由が、気付けば巨大な鉄塊みたいにズシリと唸る。

彼のか細い両肩では、どうしたって、支えきれない。

彼はもう少し、贅肉をつけるべきだ。

世の中や彼自身の欺瞞を、もっと受け入れてゆくべきだ。

都合のいい潔癖は、ただただ、それはただただ、ズルいだけだ。

そうしていつしか、贅肉が筋力になればいい…、彼のやせ細った精神が、多少の頼り甲斐を取り戻せばいい…。


…けれど僕は、そんなこと、プリンスに言えない。

彼が作り上げた彼というゴテゴテの巨城は、まさにハウルのそれのように、もはや均衡を失って、ほんの少しの揺らぎで、跡形もなく砕け散ってしまうことを、僕も、そしてプリンス自身も、ただただ痛いほどに分かっていたから。