それは分からない言葉の意味だったり、ド忘れした漢字だったり、職業の平均年収だったり…。
思えば、昔は分からない事を知るためにはそれなりの労力が必要だった。沢山の人に質問したり、それらしい本などを探してきて読み漁ってみたり。
結果、分からないままの事だってあったような気がする。
それが今や、ものの数秒でほら解決だ。
物事へ最速、最短距離で到達できるようになってしまった時代。
しかし、それってどうなんだろうと思ったりもする。
物語には必ず、起承転結がある。
何か始まりとなる出来事があり、それが発展していくうちに、何かしら転機となる事が起こり、そして結末へ、というのが基本的な流れだ。
今の時代は言わば、起から結までひとっ飛びみたいなものじゃないか。途中の過程はほぼ省略。
でも物語って、承と転になくしては成り立たない。そこに沢山のものが詰まっている。
承と転があるからこそ、結に重みが出てくるんじゃないかと思う。
結果が全てとは言うが、それまでの過程に意味がないわけではない。求められるのは結果だけど、人を成長させるのはその過程だ。
分からない漢字があるとして、それを重い辞書を引っ張り出し、千ページを超える中からその漢字を探し出してくる、過程こそが大事なんじゃないか。
プロ野球選手には明日にでもなれるわけではない。少年時代からの毎日夜遅くまでの練習、実戦経験、苦悩、挫折…と、経てきたその過程こそがその人を強くするんじゃないか。
そんな風に思ったりもする。
文明の進化は悪い事じゃない。例えば今更電気のない時代なんかに戻れるわけがない。良い事の方が圧倒的に多い。
でも、そこには落とし穴も確実に存在する。人間を馬鹿にしてしまう、落とし穴。
まあ、そんな僕も、今日も明日もこれからも、Google大先生のお世話になると思うんですけどね…(´・_・`)