ホロソフィー®︎で学びを進めていると
妊娠、お産は
とても身近なものとしてあります。

ホロソフィー®︎では「カラダは完璧」と考え
妊婦さんや赤ちゃんが
最大限自分の力が発揮できるよう
施術でお手伝いしています。

ホロソファー®︎の中には
助産師さんもたくさんおられるし
ホロソフィー®︎と助産は
相性が良いと考えています。

実を言うと私は
数年前ホロソフィー®︎に出会うまで
3人の出産の機会がありながら
助産所を知らずに生きてきました。

病院で産んだ事を
後悔してるわけではないのですが
逆にどうやったら全く知る事なく過ごせたのか
疑問を感じていて、
今回、その答えを探しに
『京都助産所博覧会』に行ってきました!

行ってみてわかったのは、
助産所側は今も昔も変わらず
たくさん発信をしていたということ。

助産所を知らずに過ごしていたのは、
当時の私は
「自分のカラダへの信頼が足りなかった」
ということ。

20年前に友達から助産院で産むと聞いた時は
漠然と「家族みんなで囲んで産む」
「意識の高い人は
さらに難易度を上げて水中や家で産む」
といった「一部の人たちの産み方」
さらにはなぜか「性にオープンな人の産み方」
という捻じ曲がった感じに思っていて、
自然と私の選択肢から外されて
耳には入っていたけど
全く引っ掛かりませんでした。

ホロソフィー®︎の勉強を始めて
「出産は生理現象なので、
カラダの仕組み的には放っておいても
基本的にはちゃんと生まれる」と言われた時、
それは本当にか⁈と
びっくりしたのを覚えています。
しかも若い時の私は恥ずかしながら
「助産師さん」は、医師を支える看護師さんが
産婦人科では呼び名が変わるだけ、と
本気で思っていました。

そんな私でしたが、ホロソフィー®︎を通して
助産師さんのお話会に参加したり、
仕事の様子を目にする機会が増えていくと、
助産師さんは「何かをする人」ではなく
必要以上に介入しない事を
専門性の中でやり続けている人だ
ということを知りました。

今回の万博での映画やトークショーでも
それを強く感じました。
そばにいて見守り、
お母さんと赤ちゃんが本来持っている力が
きちんと発揮される瞬間まで待つ。
それは知識や技術があるからこそ
できる判断で、
妊婦さんのカラダを
信頼しているからこその姿勢だと思い
めちゃくちゃ感動しました。

でも同時に、
「見守る」という価値を伝える難しさも
感じました。

「こんな設備があります」
「こんな事ができます」なら伝えやすい。
けれど、
助産師さんの魅力のひとつである「見守る」は、
昔の私のような人には、
きっと響きにくいと思います。

以前の私は、
自分のカラダを信頼していなかったんです。
だから「何もしてくれない」なんて
不安でしかなかったんだと思います。
私が助産所を選択肢に入れなかったのは
ここが全てだと思います。

「元々カラダは産む力を持っている」
その認識があって、
ようやく「何もしないお手伝い」を
求める気持ちが生まれるのかもしれない
と思いました。

今後、国の方針で、
助産所は存続が厳しくなるかもしれません。
私のように、ただ知らないだけという人が
たくさんいるのだと思います。

医療の進歩は心強い
しっかり後ろ盾があるからこそ
自分のカラダを信じて
できるところまでは自分で。
病院も助産所も、
同じように選択肢に上がる未来が来るために
何ができるか。

そう考えると、やはり私はこれからも
ホロソフィー®︎で大切にしている
「カラダは完璧」という事を
施術を通して伝えていきたいなと
改めて思いました。

京都助産所博覧会実行委員の皆さん、
本当に素晴らしい時間を
ありがとうございました!!