二回目の墓参。
前回のスーパードライは
そのまま残ってた。
飲めばえーのに。

たんたんトンネルを目指し
久美浜三分、関と超え
一分の手前右折で
大将の眠る山下家代々の
墓を守る泰平寺がある。
丁度今頃はツツジが綺麗に咲いている。
カエルがギャコギャコ鳴いている。
村は田植えのシーズンだ。
節っつあんとこを後にして
はまづめ荘前の浜へ。
節っつあんは、うちで
寝てきゃえー!って
言ってくれたけど
悪いしさ。で、浜の
沖合には、例年通り
第八管区海上保安庁の
巡視艇が夜通し停泊演習。
夜は、あそこだけキャバレーか
みたいな明るさ。
いやいや、昔、この時期に
北朝鮮国籍の一人乗り
潜水艇目撃事例が
あるだけに関係者は慎重だろう。
無線の傍受、燈火へのチェック、
余念は無いだろう。
っと言ってる間に
艦橋の照明が落ちた。

波1,5m 曇り。
明日は漁中止。
久しぶりに舟たけを訪れてる。『舟たけ』が『舟多慶』になってた。色々大変だったと思うから、これからは慶びが多い事を祈ります。久しぶりのくつろぎの麦酒。ずっと睡眠時間二時間の生活だったから美味い酒だ。明日は朝から漁だ。
晴れ、気温23度、凪、水温15,3度。
いつも通りの周り方で、スリット、
オクトブロックを潜るが気配なし。

例年に無く水温低し。
パドルの交換の時期。
四連休のビバークも視野に
ひとまず撤収。

山下さんのへの墓参。
泰平寺。大将の家の近所。
静かでのんびりしたところの印象。
寺に挨拶して、墓に好物の
ビールを添える。

舟たけと岸本くんにも
土産を。シーサーのマスコット版。
また連休会いましょう。
ダイビングショップのWさんから
JA11用のキャリアを頂いた。$海が好きな少年のお話

少し天井に傷が入ってしまったが、
取り付けは無事完了。
ネイビーカンパニーの渡辺さん、
ありがとうございました!
あ!実名だしてもた汗
$海が好きな少年のお話
吉村昭著 『三陸海岸大津波』、『関東大震災』の
記述で、沿岸部に発生する異変の予兆として
海のはるか沖の方から、砲撃とか雷の様な
異常な音の観測が語り継がれていると言う。
また、夜間であれば、怪光を沖の方での
目撃例もあるようだ。

沿岸部や臨海地域では高台までの
距離は遠い所も多いだろう。
防災無線や防災有線放送に
敏感になる必要がある。
自分の命は自分で守らねばならない。

一方、大阪湾岸から都心部での有事の際は。。。!?
高知のかつさんのブログ見てて
ここ大阪も例外じゃないことを
訴えたい。

まず、南海トラフが目覚めると
東南海地震、南海のそれの被害は
甚大で言葉に尽くせないだろう。

四国、大阪湾、兵庫、三重、
愛知、静岡、複合なら、関東圏も、
沿岸部、臨海部はその被害を
避けられないだろう。

大阪を例に取ると
海抜ゼロ地域の港区、大正区
大阪府南部の地域まで
被害予想地域となる。

和歌山の我が尊敬する偉人の
ひとり、浜口梧陵も警鐘を
したように、もし揺れたら
規模に関係なく、まずは
正確な情報を収集する、
高台や高い建物に上がる、
などの対応は必要だろう。

大阪の臨海部には津波に対しての
整備は遅れている。
防災放送設備は沿岸部だけで
数カ所有る防潮堤は手動式の
場所も有る。地震の被害で
ねじ曲がった鉄板の防潮堤は
機械でも、ましてや手動では
動かない

平野部は海抜も低い為
発生すれば川伝いに高槻市まで
遡上すると言われている。

防災放送設備の代わりに
何があるかと言ったら
陸上自衛隊のヘリの
緊急放送と都心部の防災放送だけ。
冠水はマンホールからも発生する。
南警察署も昨日麻痺するだろう。
どうやって人員誘導するのだろうか?

今、大阪市内、特に都心部には
5000台以上の防犯カメラと
注意喚起のスピーカーが
配備されている。
3.11になぜ避難訓練を
大阪市はしなかったんだろう!


以下 人のブログネタ拝借御免。

『稲村の火』まんが日本昔話にも
登場した逸話。

 安政元年(1854)に広村(現在の広川町)を襲った大津波。浜口梧陵は被災した人々のために敢然と立ち上がりました。彼の活躍ぶりを描いた「稲むらの火」からは、当時の緊迫感がひしひしと伝わってきます。
 梧陵は、広村で分家浜口七右衛門の長男として生まれ、12歳の時に本家の養子として銚子(現在の千葉県)に移り、家業であるヤマサ醤油の事業を継ぎました。
 たまたま彼が広村に帰郷していたとき、突如大地震が発生し、紀伊半島一帯を大津波が襲いました。
 彼は、稲むら(ススキや稲束を積み重ねたもの)に火を放ち、この火を目印に村人を誘導して、彼らを安全な場所に避難させました。しかし、津波により村には大きな爪あとが残りました。
 このかわり果てた光景を目にした梧陵は、故郷の復興のために身を粉にして働き、被災者用の小屋の建設、農機具・漁業道具の配給をはじめ、各方面において復旧作業にあたりました。また、津波から村を守るべく長さ650m余り、高さ約5mの防波堤の築造にも取り組み、後の津波による被害を最小限に抑えました。
 その他にも、私塾「耐久舎」の開設、又藩政、国政にも様々な活躍をし、その功績をたたえる碑が広川町内の各地に建立されています。
 梧陵の精神は湯浅広川消防組合の防災の精神的支柱として受け継がれています。


ネイビーカンパニーのWさんから
JA11用のキャリア、もし良かったら
使ってないし、あげますよって!
で、早速、アタッチメントを
ショップまで、見に行き、
無事設置可能と判断し、
あとは世話になってる駐車場の
框に当たらないかどうか?
検証結果、合格。
ただし、カヤック積んだら
やばいかもしれん。
Wさん、ありがとうですございます。
あ!ショップのステッカーもらうの
忘れてた。タンクガードに
貼るのに。。

『海が好きだ』
のスッテカー。