十寺智子の「手つなぎブログ」

十寺智子の「手つなぎブログ」

セラピスト十寺智子のブログです。
ネットを通じて、縁ある方と手をつなぐような感覚で交流できたらいいなと思って始めました。
心理療法を学ぶ中で気づいたこと、日常から感じ取ったメッセージなどをみなさまとシェアできたらと思います。


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心理セラピストの十寺智子です。

このページに来てくださったみなさま、出会ってくれてありがとう。

 

年末年始をひとりで迎える方は、どうしても気分が落ち込みやすいですよね。

もしかしたら、私のぶっちゃけ話が誰かに届けばいいなと思って、今日はここに私の人生をざっくりと書いてみます。挫折の多い、道をたくさん踏み外した私ですが、何とかこうして生きていますから、今、死ぬほどつらいと思っているあなたにも希望の光が当たるんじゃないかと信じています。

 

さて、私の話です。

 

私が催眠療法を学ぶことになったきっかけのひとつは東日本大震災でしたが、その少し前から起きるようになった原因不明の体調不良の影響もあったと思います。進むべき道を進んでいない、魂の決めてきたライフワークとは違う方向に進んでいるということを暗示するかのように、ビジネスがそれなりに順調であっても、体が拒否反応を示しているようでした。朝起きても、自分の経営する会社なのに行きたくないと思う。時折、左上腹部に激しい腹痛を起こしていたので、大学病院で念入りに検査をしてもらいましたが原因はわからないままでした。

 

そこで、以前、受けたことのある催眠療法が頭に浮かびました。その時は、親しい友人を亡くした時に起こった「死への恐怖」が課題でしたが、それについては1回のセッションで克服できました。ですので、今度も催眠療法を受けてブレイクスルーしたいと思ったのですが、私が選んだのはセラピストの養成講座でした。理由はわかりません。直感です。講座で学ぶうちに、GIFTという技法のところでイメージした未来の私は、なんとセラピストでした。そこで覚悟が決まったというのでしょうか。私はセラピストなんだと思いました。

 

それまでは、クリエイティブワークの会社を経営していました。書籍、雑誌、カタログ、会社案内などを企画して制作する会社です。私はプランナー、コピーライター、デザイナー、ライター、編集者としての経験を積みましたが、それらの仕事は根底でセラピストに通じるものがありました。制作上で私が大切にしていたのが「イタコ」になることでした。誰かの意図を形にするのが仕事ですから、まるでその人のイタコにあるかのように心を理解するのが私の特長でした。メインの職業がクリエイティブディレクターからセラピストに変わって驚く方もいるかもしれませんが、私にとっては同じ能力を使うものなので全く違和感はありませんでした。

 

また、私の人生経験もきっと、みなさまの心を理解する上で役に立つことと信じています。

私が最初に出会った挫折は、自分が男ではないという事実を受け入れなければならないということでした。今ならGID(性別違和)といわれるものですね。体が女で心が男、それで恋愛対象が男である場合は、トランスジェンダーのゲイというらしいですね。最近、GIDの勉強をしていたら、そこにまるで私自身のようなことがたくさん書いてありました。中学校の入学式の日、初潮を迎えたとき、生きている意味を見失いました。それ以来、今でも生きることの意味を探し続けています。

 

生きる意味を見失った私は、社会に対して、激しい憤りを抱えるようになりました。なぜ私がここに生きていなければないのか、その怒りが外に向かい、喧嘩をしたり、家出をしたり、心の置きどころを求めて苦しみました。すさんでいた私は、高校は1年で退学となり、17歳の時に家出によって親元を離れました。ロックシンガーになるという夢を持って、ライブハウスで歌を歌いながら、独学で大学入学資格検定に合格し、早稲田大学第二文学部に進学しました。いずれは自分の店を持ちたいと思い、在学中から歌舞伎町でホステスの仕事し、卒業後は雇われママになる予定でしたが、不眠、抑うつ、希死念慮に苦しむようになり断念しました。

 

離婚も経験しました。体は女でも、私にはどうしても子供を産む決断ができませんでした。子供を産んだ女性たちの勇気を本当に素晴らしいと思う。うまく育てられないと苦しむ方はいるだろうけれど、生まれさえすれば子供には幸せになる可能性が与えらる。そのことで苦しんでいる女性がいたら、心から敬意を持って向き合いたい。私にできないことをしてくださっている女性たちの力になりたい。経済的な事情がある方は、どうぞそれも含めて問い合わせていただきたいです。きっとできる方法があります。

 

居場所、自分の本当の家を求めて海外に一人旅もしました。インドネシア・バリ島には旅人として1年半居ました。とても尊敬できる現地の恋人にも巡り会いましたが、うつ、希死念慮、摂食障害を抱えていた私はうまく関係を安定させることができず、また自分の生きる道、仕事、社会との繋がり、使命というのか、それがその場所にはないと判断して日本に帰ってきました。

 

何のキャリアもなかった私ですが、帰国した30歳の時に、あるきっかけから大手企業にカタログ制作の企画提案に行き、仕事を得ることができました。それまで全くその経験はありませんが、精神的につらい中、泣きながら徹夜で仕上げた企画書は無駄にはなりませんでした。バツイチ無職ノンキャリアの私が、その日からコピーライターに昇格。その後、独学でデザインも編集も全て行いました。

クリエイターとしての経験はゼロでしたが、それまで真剣に悩み、ぶつかってきたことが全てそこに結集したような、全ての思いを結実させたような形だったのだろうと思います。全ての経験は役に立つ。そのことをみなさんにもお伝えしたいです。 

 

破天荒でたくさんの傷を負ってきた私ですが、だからこそ、みなさんに気軽に声をかけてもらえるのではないかと思います。私は特に立派な人間でもありません。たくさんの弱さと悩みを抱えた一人の人間です。でも弱くていいじゃないですか。心をひらけば必ず手を指しのべて助けてくれる人はいます。あなたの思う「その人」でなくても、きっとあなたを愛する人がいる。少なくとも私は手を伸ばしてくれたクライエントの手は、しっかり握ります。セラピストークライエントの関係はどうあるべきと専門書には書いていますが、それが全てではありません。私は人と人としてクライエントに向き合います。誰一人として同じ人はいませんから、その方の個性に、掛けがえのないその存在に、出会いに、感謝する毎日です。

 

こんな私でよかったら、ぜひセッションを受けに来てください。お待ちしています。

 

十寺より愛を込めて。

 

2019年1月11〜13日に大阪に出張セッションします。

普段は東京ですが、関西圏の方、よかったぜひセッションしましょう!

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