娘と一緒に息子を幼稚園に送ってから、私はいつも「今日はどこに行きたい?」と娘に聞きます。

まだ限られた物の名前しか言えなかった娘は4月当初、無言でした。車の中でも私が一方的に話しかけている感じでした。

 

最近になって、「わんわん、あるく」や「ちゅんちゅん(鳥)、いっちゃった」という二語文が言えるようになってきた彼女は、「今日はどこに行きたい?」の質問には基本的に答えられないものの、いつもの公園に行こうと私が提案すれば、「こーえん」、新しいご本を借りに行こうかと言えば、「ごほん」と、単語を積極的に真似します。

動物園に行く日だけは、「やったー」ととても嬉しそう。ちなみに、嬉しい時の「やったー」を彼女はお兄ちゃんから覚えました。

 

そんな娘が、一度、「今日はどこに行きたい?」の質問に、「がおー」と答えたのです。娘の言語使用では「がおー」はライオンのことなので、私は娘が動物園に行きたいのだとすぐにわかり、その日は動物園に行くことになりました。

 

テレビとおやつについては管理していますが、何々したい、どこどこ行きたいという子どもの希望は可能な限り叶えるのが私の子育てにおける基本的な姿勢です。

 

昨今、日本の学校教育において課題となっている主体性の育成にショートカットはなく、私は特に幼児期の親の子に対する地道な関わりが重要だと思っています。自分の言葉や行動によって状況が良い方向に変わることを毎日、無条件に(※この無条件にという点が親ではないと感情的にも物理的にも非常に難しい)、何十回と経験していたら、自ずと主体的な態度は養われていくはずなのです。

 

子どもが多く、地域のつながりが密で、年長者を模倣しながら各自が主体性を育んだ昭和の時代は終わりました。特に核家族化が進んだ都市においては、幼児期の教育は親にかかっていると思います。