言葉足らずの僕は、胸中でつぶやく事はあっても、火がつくまでその本心を
口にしないことが多く、自分ではない人から見たらその行動や感情のポイント
を理解するのに時間がかかるらしい。


せめて自宅では心穏やかにいようと努めても、どうも落ち着かないここ数週間。
4月をまたいで立場的に、そして組織的にも更に前に進もうとするプレッシャー
からなのか、心身のバランスが今ひとつよろしくない。


カウンセリングでも受けてみようか。取り立てて自覚症状などないのだけど、
胸のあたりのカサカサしたものが取れるのではないかと。その効果はどれほど
のものなのかは未知なのだが。


仕事ではなく、今したい事を挙げてみる。

・実家に帰りたい…なぜだろうか。僕の中で実家と言うのは決して手足を伸ばして
 心穏やかになる場所ではなく(かと言って遠ざけたいものでもない)、もう何年も
 母親に自分の姿を見せていない罪悪感からか、脳裏を過る母親の姿が最近鮮明になっている。


・無性に飛行機に乗りたい…これは現実逃避の暗示か。


・生活環境を変えたい…ことあるごとに考えるのだが、結局は今引っ越しをしたところで、
 満足する住まいはないのだから、まだしばらくはこのままで。
 と言う結論と堂々巡り。住まいが問題なのか、地域性が問題なのか。

と、少し考えるだけでもまだまだ出てきそうな感じ。


ではそれができない現状を考えてみる。

そのどれもが特に思い切らなくても実現できるもの。自分がしなくてはならないと
他の理由を優先させるのだが、それを全うしているかと考えれば、決して満足度は
高くない。それは思い通りにならないようにと、まるで自分で仕向けているのかと
思うほどに。


今の僕は何かを何かのせいにしているのではないかと、自分の意図とは少し離れた所で、
無意識にプレッシャーを与え続けているではないかと疑う。それでも僕だけではなく、
誰もに平等に未来はやってくるもので、そう悠長にしてはいられない毎日に、表面上は
無痛なダメージを受けているみたいだ。


それじゃ何も解決にはならないではないか。


そんな焦燥感がひとり歩きしてしまうと次に取る僕の行動は、全てにおいて引きこもる。
それを良しとするケースもあるのだけど、良しとしても結果としてそこに己に対する
ストレスは少なからず残るもので、その鬱積をも悠長にしていられないと勝手に決めつけた
毎日でうやむやに消化している。まるで口に合わない食事を、無理やり水で胃に流し込んで
いるようなものだ。


疲れる、こんな自分と付き合うのは。
こんな僕に社の者たちはいちいち指図を受けているのだから、たまったものじゃないだろう。
と考えると、僕は何て傲慢な男なのだと苛立ちがおさまらない。


寒の戻りの夜の長い長い自虐的なつぶやき。