今春から取り組みはじめた社内の意識改革の経過は、
差し詰めまずまずの滑り出しかと。
関連会社設立やその他人事関係の細かい案件を除けば、
あとは各自の前向きな気持ちでひとつの成果を得られる
だろうと微弱隠微ながらも安堵するところ。


しかしここがスタートだ、油断は禁物。


僕は話術が巧みではない。従業員と向き合う度にその力量に
我ながらがっかりすることも少なくないのだが、瞬時の判断
もしくは決断や、状況分析を同時におこなうと、自然と言葉は
論理の展開を含んだものとなる。逆に億劫な問題や一抹の
心がかりが残るものには、どうしても言葉が泳いでしまい、
後に後悔することも。


人前で話すことが多くなった最近では、十中八九話の構成を羅列し、
その原稿に何度も繰返し目を張りめぐらせる。
その上で伝えるべきことの中心部分にどれだけアクセントをつけるか決め、
その場に臨む。しかし商談や突発的案件に関しては、どうしても同様には
ならず、それは裏を返すと己のポリシーに、歪みがあることを露呈して
いることになるのではないだろうかと自分を責めたくなる。


更に声のトーンやその口調によっては、必ずしも複数の相手に対し、
同じだけの理解が得られるものでもない。もちろん聴く側の心理に
言及できないことも多いのだが、そう言ったお互いのその時の態勢
によって、思わぬ誤解を生じることもある。


ひとつの質問、または希望や要望に対し、例えば電話でたらい回しに
されたり、一度伝えた意向を明らかに確認ではない質問として再度問われた時、
僕は大概自分の伝え方に問題があったのだと思う訳だが、どうしても急を要する
時には解ってほしい一方的な気持ちや焦りが先に立ってしい、その案件に満足の
いかない結果をもたらす。


いずれにしても反省するのだが、少なくとも自分や社の者たちには、
相手の立場に立った言葉付きを常に心がけていなければならないと感じた
金曜日のつぶやき。