某案件対応で、先週末よりブラジル出張。

アメリカに来て2年以上経ったけど、これが初のブラジル出張。

仕事さえなければコパカバーナ滞在は、恵まれたリゾート出張のひとつなのかなというのが第一印象で、諸先輩が長期滞在を余儀なくされたとしても、何とかストレスをManageてきたのもこれが理由か?と勝手に解釈。(少なくとも、8-9年前に自分が毎回数週間の単位で磔になってたイラン等中東とは違う。。。)


S.U.in New York City


暫し陣取ることとなったOfficeからの眺めも、NYCのそれとは違いかなり風光明媚そのもの。当たり前のことながら、Officeを理由に仕事できない言い訳は全くできぬ感じ。


S.U.in New York City


とはいえ、2014年のW杯に引き続き、2016年の五輪開催が決まったブラジルは、中長期的成長への期待から、リーマンショック後も熱い視線を浴びている市場であり、社会インフラ中心に案件が目白押しとなると同時に、激しい競合が予想されるところ。誰もがわかっていたのにという感じの北京五輪前の中国バブルと一緒とは言わないものの、顧客側もDemandingになると同時に、国産主義への傾倒への対応・Credit Risk含めて素人が手を出すと大やけどしかねず、気を引き締めて臨まないといけない市場。


自分への今回のAssignmentは特定案件対応なるも、豊富な農業資源・天然資源を含め自国で自己完結できる稀有な市場でもあり、何ができるのか見極めたい。

「最後の最後まで悩んで苦しかった。何を言っても裏切り者と言われるかもしれないが、いつか『松井、行ってよかったな』と言われるよう頑張りたい。決断した以上は命を懸ける」という決意表明。(Quoted from Wikipedia)

それから、7年近い日々が過ぎ、彼はAmerican Dreamを実現した。金では決して買えない最高の名誉、スポーツ選手にとってはノーベル賞ともいえる勲章を手に。


神が宿ったとしか言えないような3打席を打ち遂げた後、ヒーローインタビューに応える彼の表情は、通訳を通しているからとは言い切れぬ抑制された回答に加えて、安堵感の漂う柔らかなものに見えた。


イチロー選手の研ぎ澄まされた求道者的な姿勢とそこから来る自信に満ち溢れた姿とはまた完全に異なり、スポーツマンとしてのみならず同世代の一人として尊敬に値するあり姿だなあと、つくづく思った次第。



本日開催されたNYC Marathonに参加。

Halfは出たことあるが、Full Marathonは初めて。

4万人以上が走るMajor大会とあって、Logisticsは大変な体制。朝10時Startなのに、朝6時のバスに乗って、現場で3時間以上放置されるという過酷なスタートとなるも、心配されていた雨は殆どあがり, 体力消耗は最小限で済む。3回に分けたStart後は、潮風がそこそこ厳しいも然程温度も低くなく、快適なマラソン日和。Brooklynの沿道の応援は暖かく、また所々にあるBandのLiveもノリノリMoodを盛り上げる。

4時間15分をTargetにしていたけれども、調子いいんではと思った部分もあり、心なしか予定よりHigh Paceで走り、Halfは約2時間。。。これがやはり恐れていた落とし穴。後半最初のQueen`s Boroughの登り坂で、両足が痙攣をおこし始め、その後は大幅減速。足を伸ばす時に、背中や腹が攣るなど、どうしようもない状況。

それでもこのマラソン一番の華やぎを見せる1st Aveでは、無理やりCheer upしながら、仲間の応援Pointである87stまでたどり着いたけれども、その後はボロボロ。前半マイル当たり9分強だったLap Timeは、18マイルを過ぎる頃には、17分ぐらいまで落ち込む。20マイル地点の応援Pointで、梅干しを貰ってマッサージしてもらうも、足はパンパン。棄権は流石にできないので、何とか走ったり歩いたりを続けて、22マイルぐらいまでたどり着いたときに、頑張れば5時間は切れるかも、でも立ち止まると絶対に無理だなあ、と思いつつ、走る・歩くを繰り返し何とか5th ave/Central Parkへ。

最後はへロヘロになりながら走り込み、4時間57分31秒。。。

思っていたTimeには全然届かず、Pace配分失敗を痛感。まあ、最後に諦めずに、足をしばきながら5時間は切れたのが、何とか収穫と言えるかも。

来年走ります、とは今は言えないけれど、まあ次に挑戦するだけの材料は最低限できたのかな。


明日の仕事が心配。でも、体はビールを欲しているので、これから打ち上げ。