今回の震災での犠牲者にはあまりの惨劇に言葉もなく、被災者の方々には一日も早く暖かい生活環境が戻る事をお祈りするのみ。海外に居ても繰り返し流される映像には、胸がつぶされる思いがする。幸いにして、関東に住む家族は全員無事、震災地に住む旧友達もFacebookやMailを通じて無事との報を受けている事にはホッとしたが。村や街の復興にはこれからあと10年単位の時間がかかると思うし、復興の道筋を立てることは、叡智を集約して想像力の限りを尽くして考えていく必要があるだろう。偶々震災の影響を直接的に受けることがなかったとしても、自分たちの祖父母・両親の世代が第二次大戦後に明示的に或いは暗黙的に受け入れてきたように、復興に向けた代償を共有していく必要があると思う。好むと好まざると。
報道では東京電力の福島第一の現場で被害の鎮静化と制御状態の回復を目指す人々の姿、そしてその裏にいる家族の覚悟が報じられている。現場で働く人々も、一歩職場を離れることができるのであれば、被害者として一日も早く家族の救済に当たりたいと思うのが当たり前。職務意識の高さに強く感銘を受ける。また、心ないメディアの報道姿勢により批判をうけている政府中枢・官僚も、不眠不休で対応していることは間違いなく、予期せぬ出来事により時に迅速でない・適切でないと批判されていても、個々人の職務に於ける信念のみが彼らの行動を支えているのだと思う。
翻って偶々海外に居り・被害に直接遭っていない自分にできる事は、何だろうか?
家計とのバランスも考えた上で可能且つ適切と考える限りの義捐金を持続的に行う事、節電を行う事、そして何よりも自らの職務に忠実に海外での業務を遂行し持続的な事業活動を通じて国家に多くの税金を納める事に寄与する事が役割なのだと思う。絶対にしてはいけない事は、震災を理由として自分たちの業務が遂行できぬというような言い訳をする事。これを忘れることなく、職務に勤しむしかないです。
ということで、明日から再びメキシコへ。現場で職務を遂行します。