とある居酒屋に二人の男がいた。
クールビズなのか、白いワイシャツにスラックスをはいたサラリーマンだ。
居酒屋とはいえ、
大衆的なものではなく、観光客や、少し大人を対象とした
魚や郷土料理を出すちょっと高級めの居酒屋だ。
二人はともに年のころは30歳前後。
しかしどちらも童顔で、遠目から見ると、
白ワイシャツにノーネクタイということも相まって
学生に見えなくもない。
いずれにしろ、この場には相応しくない二人だ。
別にこの二人の容姿をどうこう言うのではない。
問題は彼らの会話の内容だった。
二人はともに、心身ともに疲れていた。
細身の男、彼を仮にAと呼ぶ。
Aは仕事について悩んでいた。
彼はこの4月から今の職場に転属となった。
慣れない仕事。
加えて彼の生来の生真面目さが、
分からない仕事に向かう姿勢をよりかたくななものにし、
そして、一つ一つの疑問に対して、正面からぶつかろうとするため、
仕事にかける時間が多く、
同時期に転属された人と比べても、
仕事の覚え、進みが遅いことに悩んでいた。
そして、それは彼に今の仕事は向いていないという考えを起こし、
同時に、彼自身の能力を否定する考えへとつながって言った。
彼はこう考える。
大の大人、ましてや男は、仕事ができて初めて一人前の男だと。
そういった意味では、彼はまだ未成熟な人間なのである。
一方、体格の良い男、彼を仮にBと呼ぶ。
彼はプライベートのことで悩んでいた。
彼には恋人がいないのである。
なにを下らないことを、と思われる人もいるだろう。
しかしかれにとっては重大な悩みであった。
彼の家庭は、それこそ不幸な恵まれない環境でこそなかったが、
「愛」「絆」といったものに無縁の、冷めきったものであった。
故に、彼は人一倍、絆や愛情というものにあこがれを抱いている。
しかし、彼は決して優れた容姿ではなく、
また人づきあいも苦手であった。
社交性が欠如しているという訳でもない。
こと恋愛に関しては憶病すぎるほどに奥手なのだ。
彼にとっては仕事は順調で、趣味もそこそこである。
唯一欠如しているのが、恋人、愛情であった。
それは結婚、ひいては「子どもを持つ=親になる」という
社会的成熟の象徴でもあり、
そういった意味では彼はまだ未成熟な「子ども」であった。
同時に自尊心の高い彼にとって、
周囲の人間が次々と結婚していき、
かつ週末の度に多くの恋人たちを目にする環境は、
彼自身に劣等感を強く刻み、そして人間としての自信さえも失いつつあった。
まったく異なる次元、趣向の悩みを持つ二人は
まさに今「鬱の極み」にあった。
上手い飯を食い、強い酒を飲むが、
心はぽっかりと空白のまま、むなしさは消えることはない。
AはBのことをこう思っている。
彼はなんだかんだ言って、仕事を満足にできている。
そして、Bは恋人ができないと言っているが、
それは彼自身があと一歩を踏み出さないからであり、
彼自身にその状況を打破する選択肢があると。
BはAのことをこう思っている。
容姿に優れる彼は、恋人を持っている。
守る者があれば人はがんばれる。
そして何より、彼はまじめに物事に取り組みすぎている。
ちょっと力を抜くだけで、今の状況など回避できるではないか。
仕事は慣れだ。時間の問題であると。
結局のところ、二人とも不器用なのだ。
そして、どこかその自分の不器用さを理由に、
心の奥で、今の上手くいっていない状況を、外的要因のせいにしている節がある。
Aは仕事が自分に向いていないと考えている。
Bは自分に恋人ができないのは容姿が醜いからだと考えている。
それは、真実であり、同時にいい訳である。
そして滑稽なのは、
お互いに、相手が鬱で苦しんでいることに同調しながらも、
一方で、愛のことをうらやんでいることだ。
言うならば、隣の芝生は青いということか。
結局、二人は救われることなく、家路をたどることとなった。
こうして、日常に哀しみは満ち溢れ、
それは終わることなく、どこかで今も続いているのだ。
クールビズなのか、白いワイシャツにスラックスをはいたサラリーマンだ。
居酒屋とはいえ、
大衆的なものではなく、観光客や、少し大人を対象とした
魚や郷土料理を出すちょっと高級めの居酒屋だ。
二人はともに年のころは30歳前後。
しかしどちらも童顔で、遠目から見ると、
白ワイシャツにノーネクタイということも相まって
学生に見えなくもない。
いずれにしろ、この場には相応しくない二人だ。
別にこの二人の容姿をどうこう言うのではない。
問題は彼らの会話の内容だった。
二人はともに、心身ともに疲れていた。
細身の男、彼を仮にAと呼ぶ。
Aは仕事について悩んでいた。
彼はこの4月から今の職場に転属となった。
慣れない仕事。
加えて彼の生来の生真面目さが、
分からない仕事に向かう姿勢をよりかたくななものにし、
そして、一つ一つの疑問に対して、正面からぶつかろうとするため、
仕事にかける時間が多く、
同時期に転属された人と比べても、
仕事の覚え、進みが遅いことに悩んでいた。
そして、それは彼に今の仕事は向いていないという考えを起こし、
同時に、彼自身の能力を否定する考えへとつながって言った。
彼はこう考える。
大の大人、ましてや男は、仕事ができて初めて一人前の男だと。
そういった意味では、彼はまだ未成熟な人間なのである。
一方、体格の良い男、彼を仮にBと呼ぶ。
彼はプライベートのことで悩んでいた。
彼には恋人がいないのである。
なにを下らないことを、と思われる人もいるだろう。
しかしかれにとっては重大な悩みであった。
彼の家庭は、それこそ不幸な恵まれない環境でこそなかったが、
「愛」「絆」といったものに無縁の、冷めきったものであった。
故に、彼は人一倍、絆や愛情というものにあこがれを抱いている。
しかし、彼は決して優れた容姿ではなく、
また人づきあいも苦手であった。
社交性が欠如しているという訳でもない。
こと恋愛に関しては憶病すぎるほどに奥手なのだ。
彼にとっては仕事は順調で、趣味もそこそこである。
唯一欠如しているのが、恋人、愛情であった。
それは結婚、ひいては「子どもを持つ=親になる」という
社会的成熟の象徴でもあり、
そういった意味では彼はまだ未成熟な「子ども」であった。
同時に自尊心の高い彼にとって、
周囲の人間が次々と結婚していき、
かつ週末の度に多くの恋人たちを目にする環境は、
彼自身に劣等感を強く刻み、そして人間としての自信さえも失いつつあった。
まったく異なる次元、趣向の悩みを持つ二人は
まさに今「鬱の極み」にあった。
上手い飯を食い、強い酒を飲むが、
心はぽっかりと空白のまま、むなしさは消えることはない。
AはBのことをこう思っている。
彼はなんだかんだ言って、仕事を満足にできている。
そして、Bは恋人ができないと言っているが、
それは彼自身があと一歩を踏み出さないからであり、
彼自身にその状況を打破する選択肢があると。
BはAのことをこう思っている。
容姿に優れる彼は、恋人を持っている。
守る者があれば人はがんばれる。
そして何より、彼はまじめに物事に取り組みすぎている。
ちょっと力を抜くだけで、今の状況など回避できるではないか。
仕事は慣れだ。時間の問題であると。
結局のところ、二人とも不器用なのだ。
そして、どこかその自分の不器用さを理由に、
心の奥で、今の上手くいっていない状況を、外的要因のせいにしている節がある。
Aは仕事が自分に向いていないと考えている。
Bは自分に恋人ができないのは容姿が醜いからだと考えている。
それは、真実であり、同時にいい訳である。
そして滑稽なのは、
お互いに、相手が鬱で苦しんでいることに同調しながらも、
一方で、愛のことをうらやんでいることだ。
言うならば、隣の芝生は青いということか。
結局、二人は救われることなく、家路をたどることとなった。
こうして、日常に哀しみは満ち溢れ、
それは終わることなく、どこかで今も続いているのだ。