吉本新喜劇でやめておくべきではない | 宅徒の備忘録

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そういう感じで稲を刈る芸人に

ダメ出しをしている

ディレクターをしている芸人の…

冷静なテレビ番組に対する向き合い方に…

しばし冷静なまなざしで

見居る訳であるが…

矢張り、

テレビの番組の一つのパートを作るには、

1度の撮りで終了させるべきではない。

アングルが違う。

会話が咬んではもう駄目だ。

真実味にかける。

ブチ切れて怒鳴ってはいけない。

そんなものは、

農家のイメージに到底合わないのである。

真摯にコメと向き合い…

寡黙に米と向き合わなければ…



視聴者に何も伝わらないのである。



という部分の

製作者サイドからの冷徹な目が、

農家な芸人を冷めた目で追い…

既に横顔が違うのである。

農民は鎌と鍬を持ち、

汗水流して稲を刈るという様な

芳香性で語っていかねば…

テレビの1パートを、

この様な深夜の時間帯の

眠たい頭になってしまっている

視聴者の脳を…

到底

活性化させる事は出来ないの



という冷徹な目が…



ディレクターという立場に回っている

芸人の…

その冷徹な冷めた目が…

ダメ出しを

農民な芸人に投げるのである…

なんという

稲刈りのドキュメンタリーなのか…

素晴らしい農家の意気込みに対する

その冷徹なまなざしが…

カメラマンまで真摯に農家の行動を、

逐一カメラに映像として納めなければ…

背筋の凍っているような悪寒を…

見る人に

励起させてしまっているのである。

(橋台での構成作家のヘイコウプロットより)



どうすればそうなるか…

きょうだいを見て見るのである。

確かにそうなる筈だ。

そうなっているのである。

そういう映像的表現が…

もう…そのスタヂオに用意された

そういう炊かれた米が…

その芋が…

湯気を立てているの
だ。



そういう映像が欲しいのである。



その通りになっているのだ。

きょうだいを見てみるのである。

そういうきょうだいが…

きょうだいを支えているという事を…

という農民な芸人が…

絶えず罵声を浴びせるが…

それでは、いけないのだよ。

そう云うモノを農家はもう求めていない。

鎌で、1もと、ひともと真剣に刈る様を、

視聴者の眠たい目が欲しているというのは、

誰が見ていなくても

みんなそういうのを求めているという事は、



きょうだいを見れば…

パラレルに、映し出されているのである

そういう方向性を…

真っ向から否定する

そのディレクター芸人の…

そうではないの

そういう撮りと語りでは、
テレビの向こうの現実の世界の
夢見る未来の

農家志望の若者の心を…
ぐっと掴んで離す事は

可能と出来ないの
である。

撮りが違う。

語りが違う。





機械が違う。


を使え。

横顔が違う。ディレクターが

ダメ出しを出すが

進行していくスケジュールに、

自らの鎌が唸るのである。

リンゴーン。リンゴーン。

(35億)


向き合う目が、既に違うのである。

そういう白熱するスケジュールに対する

しんこうに抗う…

冷徹な業界魂からくる冷静な

ディレクターな芸人のダメ出しが…

見る人の心が、

農家な芸人から離れないの
である。

そういうきょうだいを出たので、

そういうきょうだいのOBが、

助けてくれるんだろうね。

吉本は、潰れればいいとなど思わない。

吉本はもう必要ないだろう。

新喜劇があればよいのだ。

固定客は居るだろう。

そう云うモノなのだ。

NGKの周り1キロ圏内で問題無いのだ。

吉本は解散して問題は無いだろう。

解散すべきであるが、

そこに所属している芸人が誰であったか…

皆が解るようにしておこうか。

忘れてはいけない。その様な現象を。

皆、吉本の御旗の下、衆参し…

そしてそれは、

卒業アルバムではないのだ。

リスト。

と云うモノなのである。

鎌など持つなよ。