他家の赤ちゃんをあまり知らないから分からないけど よく笑う
日を重ね 成長するにつれて誰にでも笑うようになってきた
抱っこなどをされると泣いてしまうが 僕がまた抱っこするとその人に笑いかける
パパがいると自分は最強だと思っているらしい
そうかも知れないね
赤ちゃんがそうやって知らない人にも笑いかけるのはなぜだろうか
別に遊んで欲しいわけじゃないし 抱っこされたいわけでもなさそうだ
多分そうすることが赤ちゃんが生きるために必要なことなのだろう
笑いかけられることで僕らは赤ちゃんを愛しいと思うからね
息子と接する中で僕は いくつかの失敗をしてきた
目を離した隙にベッドから落ちてしまったり お風呂で誤ってお湯が鼻や口に入り咳き込ませてしまったり
当然息子は泣く
僕はとても申し訳ない気持ちになり 息子に謝りながらぎゅっと抱きしめる
僕はなんて親なんだと
しばらくすると息子はそれでも僕に笑いかけてくれる
顔を真っ赤にしながら笑いかけてくれる
まだ痛いだろうし 苦しいのに
そんな息子を見ていると本当につらい気持ちになる
無理に笑ってくれなくていい
パパなんか嫌いだと僕の腕から逃れようとしてくれてもいい
それなのに息子は僕に身を寄せて笑いかけることを止めない
息子はとてもあたたかくて 優しく何かを僕に語りかけてるように感じる
今日 ニュースなんかを見ていると虐待の話は珍しくなんかないぐらいに報道されている
残念ながら命を断たれた赤ちゃんもいる
そんな赤ちゃん達もやっぱり痛くても苦しくても笑ってたのではないだろうか
どんなにつらくても悲しくても笑いかけることで生きようとした彼らのことを思うとやるせない
彼らの親はどうだったのだろうか
痛めつけても痛めつけても笑いかけてくる赤ちゃん
それでも自分を求めてくる小さな小さな手
それが重圧で押しつぶされそうな心にさらなる重圧をかけたのだろう
いや 恐怖さえ感じていたのかも知れない
自分はもう限界なのだ
本当は誰かに助けてもらいたい
それができなくて同じように自分を求める赤ちゃんを退ける
いつか必ず自らに降りかかる後悔というものをどこかで分かっているはずなのに
僕の息子は僕に笑いかけてくれる
みんな想像してみて欲しい
赤ちゃんと一緒に笑う自分の姿を
もう一度抱きしめて感じて欲しい
あの小さな体の大きなぬくもりに
みんな気付くはずだ
結局自分を救ってくれるのは どんなときも笑いかけてくれる赤ちゃん達なのだと
「パパ 僕は大丈夫だよ さあ いつもみたいに笑ってよ」
