いつも不思議でたまらないのだが、
ごく軽い気持ちの時の方が、
なぜかいい結果が出る。
強い気持ちで気合いを入れて、
絶対にやり遂げなくてはならないなどと、
悲壮感を漂わせたりしてると、
悪い結果にはならないにしても、
ほどほどの結果にとどまったりする。
余裕のある軽い気持ちの方が、
きっとより望ましい心理状態なのだろう。
あるアスリート系指導者によると、
力を入れるよりも力を抜く方が難しいそうだ。
気持ちのあり方にも、
おそらく同じことがいえるのだろう。
問題は、
どうしても心に力が入っていまいそうな時に、
ゆったりと上手に脱力できるのか、
緊張せず気負いもせず適度にリラックスできるのか、
そういうことだ。
自分なりの答えが全くない訳ではないのだが、
人に話すと笑われそうで少し怖い。
「P、できれば朝までに叩け」
「......」
「でないと奴がボムを放ってしまう」
「......」
「どうだ?」
「強い」
「それはわかる」
「Z、朝まではムリっぽい」
Pは珍しく弱気だった。
「できる、まだ時間はある」
「......」
「P、あきらめるな」
「......」
「焦らずにミスを誘え」
「......」
Pは焦らずにはいられなかった。
ほとんど何も効いてない。
「派手な一発は狙うな」
「......」
「コツコツ当ててまずは小さな傷口を作っていけ」
「......」
「それから傷口をジワジワ広げていけばいい」
「......」
「あとな、決定打は狙うものじゃない」
「......」
「粘り強く続けていればいつか自然に決まる」
「......」
PはZほど気が長くはない。
「Z、おかしい」
「どうした?」
「効かなすぎる」
「......」
「奴に当たるどころか届きもしない」
「......」
Pは怪訝な顔をした。Zもだ。
「P、これはおそらく...」
「......」
「どこかでガードをかけてる別の者がいる」
「え?」
「多分、奴の自前のガードじゃない」
「別の誰か?」
「このガードの掛け方には心当たりがある」
「......」
「少し待ってろ」
「......」
Zの動きが止まった。Pは待った。
「わかった、これはYだ」
「Y?」
「細かい話はあとでするがYとは何回かやり合った」
「......」
「Yが奴のサポートをしているとしか思えない」
「......」
ホントかよ、何を根拠に、とPは不信がった。
「P、奴を攻め続けろ」
「......」
「Yはこっちでなんとかするから」
「......」
「Yが掛けているガードが解けたら...」
「......」
「奴を抑えろ、朝までにだ」
「......」
(中略)
「Z、夜が明けたけど...」
「......」
「なんとか間に合ったぞ」
「......」
Zの動きはしばらく止まっていた。
やがてZは口を開いた。
「いや、奴は間際にボムを放ってる」
「ウソだ」
「まあいい、ボムの処理はMにやらせるから...」
「......」
「P、引き続き奴を抑えててくれ」
「......」
Pは既にぐったりしていた。
「Z、少し聞いていいか?」
「ん?」
「Yとやらが掛けてたガードをどうやって解いた?」
「......」
「教えてくれ、ぜひ覚えたい」
「......」
Pは勉強熱心だ。
「Yは実力のピークは過ぎて衰えてるが...」
「......」
「それでもまだまだスゴ腕だ」
「......」
「正面から攻めたら手間取って間に合わないので...」
「......」
「ちょっと工夫してみた」
「?」
Zは笑っていた。
「Yにこういってやったんだ...」
「......」
「おいYよ、久しぶりだな、
たった今、お前のアップストレートの裏ブルーに、
クルミ割り方式で絶対絵画をタフネスしておいた、
これから数時間で見つけておけ、健闘を祈ってるぞ」
「?」
「いや、意味は全然ないんだ」
「?」
「どのセリフにも何ら意味はない」
「?」
「ただのハッタリだよ」
「ハッタリ?」
Pは目を丸くした。
「Yはどこかに何かを仕掛けられたと思って...」
「......」
「慌てて身の回りを全力で調べ出した」
「......」
「そのスキにYが掛けていたガードを解いたんだ」
「!」
「Yは奴を守るどころではなくなった訳だ」
「あ~!」
「正攻法でYを破ろうとしてたら数日かかってたな」
「......」
「うまくいった」
「......」
PにはZが妖しげな魔物か何かに思えた。
「ここぞという勝負所で...」
「......」
「意外と遊び心って大事だぞ」
「う~ん」
「そんなもんだ」
「遊び心?」
「まあな」
「あの場面で?」
「ああいう場面でこそだ」
Zは爽やかに微笑んでいた。
Pは笑う心境にはなれなかった。
戦理・戦訓というものがある。
歴史上のさまざまな戦いの結果得られた、
戦闘の定石のようなものだ。
海軍の人間は、
海戦よりも歴史の古い陸戦の戦史も紐解くそうだ。
どうやら陸戦の戦理・戦訓は、
海戦においても十分参考になるらしい。
同じように、
陸・海・空それぞれの戦史から抽出された、
貴重この上ない多くの原理は、
戦争以外の日常的なあらゆる場面で、
おそらくは応用が可能であろう。
戦史から得られたあまたある定石の中で、
まさしく最も上位に位置するのではないかという、
定石の中の定石ともいうべきものが、
確かに存在すると思う。
「兵は詭道なり」
要するに敵の裏をかく、ということな訳だが、
敵の予想の斜め上をいくことと同義なのかどうか、
浅学にしてまだわからない。
「あのさZ、Eって前はたしか...」
「ん?」
「いいたくない?」
「んー」
「ちょっとだけ」
「んんー」
「......」
「うん、Eとはおととし激しくやりあった」
「......」
「P、何をいわせたいんだ?」
PはZから少しでも聞いてみたかった。
Eのことを。
「P、Eは強かったぞ」
「......」
「おととしの半分はEに時間を費やした」
「......」
「でも今は友人だ」
「Z、それは知ってる」
Pが聞きたかったのは、もっと違う話だった。
「なんでZは、Eと友人になった?」
「......」
「あまりZらしくない」
「......」
「どうして?」
「......」
PはZが普段どういう人間か、よく知ってる。
その中で、ZはEに対しては何かが違う。
「Eは自分に明日がない状況で...」
「......」
「身を捨てて仲間をかばった」
「......」
「とても強い男だ」
「......」
Zの目が少し変わった。
「P、強いとか弱いとかは...」
「......」
「勝負に勝つ負けるとはまた別のことなんだ」
「......」
「他人のために自分を捨てるということは...」
「......」
「強くないとできない」
「......」
「勝ち負けなんてのは実際は時の運にすぎないが...」
「......」
「強さとは、ある意味勝敗を越えた何かだ」
「......」
PはZのいいたいことの意味を、
なんとか理解しようと言葉を反芻してみた。
強さとは...勝敗を越えた何か...
「Z、Eとどうやって戦った?」
「......」
「知りたいんだ」
「んー」
「Z、なぜEは結果が出せなかった?」
「......」
PはZを問い詰めた。
「P、Eは正統派の戦士だった」
「......」
「こっちの手の内をあえて明かしたんだが...」
「......」
「Eはそれを信じてしまった」
「......」
Zの話を聞きながらPは息を飲んだ。
「明かしたものとは別の手をこっそり使うと...」
「......」
「Eは虚を突かれた形になった」
「......」
(中略)
「...ということだ」
「うーん」
「P、どうした?」
「ふぅ」
「いいたいことは何となくわかる」
「......」
「汚いことがいやなら足を洗えばいい」
「......」
「この業界はそういう世界だ」
「......」
Pは急にYの話の続きを聞きたくなった。
そしてZに尋ねた。
「ん? Yとのその後のことか?」
「うんZ、聞きたい」
「いうのか?」
「吐け吐け」
「ふぅ」
今度はZが溜息をついた。
「あの後な、改めてYとやりあったんだ」
「......」
「別の日にこっそり近づいて...」
「......」
「そしてYにこういってやった」
「......」
「おいY、また会ったな、
いまお前の周囲に暗黒弾付きバタリアントラップを、
天地悶絶型にフルストリップしながら緊縛呪しておいた、
そこから一歩でも動くと大変だぞ、さあかかって来い」
「!」
Pは手で口を押さえた。
吹き出さずに話を聞き続けるために。
「前回Yは苦労したあげくハッタリだったと知り...」
「......」
「この時は怒り心頭だった」
「......」
「同じ手は二度と食うまいとばかりに...」
「......」
「即座に飛び掛かってきた」
「......」
「そこでまたYにいってやった訳だ」
「......」
「あのな、Yよ」
「......」
「今度は本物だぞ」
大学時代、体育会系の部活をしていた。
顧問の上に名誉顧問がいた。
その当時でおそらくは80才を越えていたであろう、
その高齢の名誉顧問は、
驚くべきことにかつて若かりし頃、
その競技の全日本代表監督を務めていた。
年に一回の定期戦のために、
他県から遠征してくる他大学を招き入れる時、
部員一同はよくその名誉顧問から薫陶を受けた。
「はるばる遠方から試合をするために来る、
他大学の選手ひとりひとりに対して、
心から歓迎したいという気持ちがあるのなら、
真摯に戦い、そして相手を破りなさい」
「あなたたちにできる最大のホスピタリティーとは、
あなたたちが相手を破ることです」
「対戦相手に礼を尽くしなさい、
それはあなたたちが相手を破ることです」
これらの言葉はいまも一語一句忘れな い。
相手に礼を尽くすのは、決して容易なことではないが、
いつも努力している。
最高の礼を目指して。
「あのさZ...」
「ん?」
「Nと組んでた時のこと、思い出したりする?」
「んー」
「Nだよ、N」
「......」
「どうよ?」
「まあな」
PはNのことをZに持ち出した。
「P、なんでNのことなど」
「いや、なんとなく」
Zはあまり話したくないらしい。
「まあ、懐かしいといえば懐かしい」
「それ、Zの本音?」
「あ?」
「いや、なんでもない」
PはZの顔をジロジロ見た。
「おととしはNと二人三脚で...」
「......」
「なんとか乗り切った」
「......」
「ほかに味方なんてほとんどいなかった」
「......」
「振り返るとあの時期をクリアーできたのは...」
「......」
「幸運なだけだったのかもしれない」
「......」
PはZの回想を聞き入った。
「Nはこの道25年のベテランで...」
「......」
「鬼平犯科帳の鬼平的な役割を長らく務めた」
「......」
「だからこそ...」
「......」
「彼が神狂いしてしまったのは残念でならない」
「神狂い?」
「そうだ」
「Nを狂わせた神って?」
「あれはQだったといまでも思ってる」
「......」
Qは既出の人物である。
「狂ったNはこういった」
「......」
「お前は永遠の敵であると」
「Zに対して?」
「そうだ」
「......」
「それからNと手合わせをするハメになった」
「......」
「Pよ、話せば長くなる」
「またか」
(中略)
「P、ちゃんと聞いてたか?」
「......」
「......」
「聞いてたけど...」
「で?」
「なんか疲れた」
「......」
Pは少しうつむいた。
Zはどこか遠くを見つめていた。
「Nはプライドが高かった」
「......」
「実績に裏付けされた誇りの高さだった」
「......」
「彼の昔の偉業はいまでも価値を失っていない」
「......」
「それだけに彼には相応の礼を払わないといけない」
「相応の礼?」
Pは目を大きく見開いた。
Zはまぶたを閉じた。
「P、永遠の戦いを宣誓した相手に対して...」
「......」
「簡単に手打ちを持ちかけることは...」
「......」
「相手の名誉を損なうことだとは思わないか?」
「......」
「相手の言葉通りに永遠に戦ってもらうことこそが...」
「......」
「強者への礼儀だ」
「......」
Zは目を開いた。
「たとえ相手に何が起ころうが...」
「......」
「それがどれだけ長く続こうが...」
「......」
「決して安易にこちらが妥協するべきではない」
「......」
「実績ある誇り高き相手であればなおさらだ」
「......」
「なぜなら相手の名誉にかかわるからだ」
「......」
ZはPの目を見つめた。
「P、魂の名誉よりも...」
「......」
「大事なものがほかにあると思うか?」
「......」
「きっとないはずだ」
「......」
「相手の魂の名誉を守ることこそが...」
「......」
「敬意を払う行為であり、礼を尽くすことでもある」
「......」
PはZを見つめ返していた。
「Zは多くの人の名誉を守ってきた?」
「もちろん」
「多いよね」
「そうだ、多すぎて大変だぞ」
Zは清々しく微笑んだ。
メルクマールという用語がある。
何らかの目標に達するまでの過程における、
指標とか目印のことをいう。
医療の世界で医者が好んで使う。
この治療におけるメルクマールは何だ?
などと指導医が研修医に問いただしたりする。
例えば肺炎の治療におけるメルクマールとは、
血液検査によるCRPや白血球数の数値や、
発熱・咳・痰などの症状の有無や、
胸部X線やCTつまり画像検査での肺炎像の範囲である。
適切な抗生剤によって肺炎が治癒するということは、
治療前に上昇していたCRPが正常の値に低下して、
発熱や咳や痰がおさまって、
さらには画像上の肺炎像が縮小することを意味する。
理想的には肺炎像は瘢痕影さえ残さず消失するべきで、
治療による治癒のクオリティーがそこで問われる。
あるベテランの魔術師に、
匿名同士のネット掲示板で質問をしてみたことがある。
魔術における成果確認の核心は何であるのか、と。
自分の術が成功したかどうかを判断する上で、
最も重視するものは何であるのか、と。
呪殺対象の人間が死んだとか、
離婚させようとしていた夫婦が離婚したとか、
とにかく現実的な現象を判断材料にするという答えを、
あらかじめ予想していた。
彼の回答はそうではなかった。
魔術の本質は実は脳内で完結する、
現実的作業つまり儀式を行う魔術体系において、
成果確認の核心は脳内イメージである、と彼は答えた。
逆じゃないのか?
作業過程は脳内で成果確認は現実的事象ではないのか?
術体系とはそうあるべきじゃないのか?
そのように反論すると、彼は全く取り合わなかった。
おそらく全ての魔術師が同じ考えではないのだろう。
呪殺専門の術者などは、
実際に対象者の死を確認しているはずだ。
答えてくれたベテラン魔術師は、
ひょっとしたら、現実的事象として確認しにくい仕事を、
それまで扱ってきたのかもしれない。
身近な出来事として、
狙った目的が達成されたかどうかを確かめにくい、
そのような仕事とは一体どんなものだろうか。
そして術の成功を知るための、
目標達成を知る上での適切なメルクマールとは、
本当に脳内で完結するべきなのだろうか。
「Z、いいか」
「ん?」
「ちょっと聞きたい」
「P、またか」
「千人くらいの玄人を同時に...」
「......」
「相手にするにはどうしたらいい?」
「ムリ」
「ウソだ」
「ウソじゃない」
「信じない」
Pはあきらめない。
「Z、吐け」
「あのな」
「うん」
「例えばな」
「うん」
「信条信仰や技術体系がそれぞれ違うなら...」
「......」
「一度に5人でも苦労するぞ」
「......」
「P、これはホントだ」
Pは裏を読んだ。
Zと数年付き合っているとさすがに見当がつく。
「じゃあ、信条信仰や技術体系が同じ集団なら...」
「......」
「たくさんいても一度に相手にできるんだ?」
「P、そんなこといってないだろ」
Pはただでは転ばない。
「じゃあ、ムリに答えなくていい」
「......」
「質問を変えるよ」
「......」
「Z、信条信仰や技術体系が同じだとどうなる?」
「ん?」
「吐け吐け」
「ふう」
Zは困ってしまった。
Pの仕事がうまくいったら何か質問に答えると、
つい先日約束してしまったばかりだ。
「まあ、全員が同じ弱点を持つということになるな」
「......」
「能力レベルや能力特性が違っていても...」
「......」
「避けられない構造的同一性を負ってしまう」
「......」
(中略)
「Z、抽象的な話はいいから...」
「......」
「もっと具体的に話してくれ」
「......」
PはZが曖昧な話で済ますことを許さなかった。
「P、たとえばな」
「......」
「閻魔を倒してやる! って奴がいたとするぞ」
「......」
「そいつが自分の脳内で閻魔を倒したとする」
「......」
「こうやってああやって、よし倒したぞ、とな」
「......」
「それはあくまで倒した気になっているだけで...」
「......」
「閻魔とやらは別に...」
「......」
「本当は全然倒されてないのかもしれない訳だ」
「......」
PはZの話を聞き入った。
「これを千人の規模でだな...」
「......」
「同じ方法で同じ手順で同じようにやったとする」
「......」
「それでも閻魔とやらは無事なままかもしれない」
「......」
Pは同時にガッツポーズする千人を想像した。
そしてその陰でほくそ笑む誰か...
「もうひとつ例え話だ、千人の目標が別の何か...」
「......」
「例えば大きな隕石を落下させることだったとする」
「......」
「儀式でも瞑想でも思念単独であっても...」
「......」
「千人が同時に同じ方法で隕石を呼んだとするぞ」
「......」
「やった、隕石を呼んだ、大成功だ、と千人が喜ぶ」
「......」
「これで本当に隕石が落ちれば確かに成功だ」
「......」
Pは同時に万歳三唱する千人を思い浮かべた。
「でも、実際に隕石が落ちなかったらどうだ?」
「......」
「この千人はどう考えるんだろうな?」
「......」
「よくあるパターンはこうだ...」
「......」
「何か大きな力が働いて延期になったようだ、とか」
「......」
「我々は失敗してないが少し延期になったようだ、とか」
「......」
「この千人は現実の事象を都合良く解釈してしまい...」
「......」
「失敗を自覚できない」
「......」
「競合者が存在していて阻止されたとも思わない」
「......」
「なぜなら脳内での成功イメージに囚われているからだ」
「......」
「千人全員がな」
「......」
首をひねって不思議がる千人を、Pはイメージした。
「Z、そういうことは今まであったのか?」
「いや、知らないな」
「......」
「千人万人と同時に争ったことなどないからな」
「......」
また今度、とだけいい残してZは消えた。
どうしても必要なはずのメルクマールが、
いつでも必ず確保できるとは限らない。
重要な局面で、
メルクマールがなかなか見あたらない場合、
一体どうしたらいいのだろう。
ひとつの方法としては、
創意工夫によって、ない知恵を絞って、
なんとか作ってしまうことだ。
ないはずのメルクマールを。
あとから振り返ってみて、
そのことが最大のキーポイントだったと、
感じ入ることも多い。
「P、これはいえない」
「Zっ!」
「いえないって」
「約束はっ?」
「あ~、違う話でもいいだろうが」
「ダメ!」
Pは仕事の成功報酬として、
Zにネタばらしを強要していた。
「わかった」
「お!」
「仕方ない」
「おお」
「ここだけの話だ」
「おおお~っ」
「誰にも話すなよ」
「あいあい」
Zは折れた。
「一年前の春、あるフランス人を狙った」
「......」
「100才近い老人だった」
「......」
「こちらの目標はズバリ、老人の現実的な死だ」
「......」
「ただの老人じゃない」
「......」
「それまで世界中の刺客から狙われ続け...」
「......」
「すべて防いできたという...」
「......」
「伝説的なディフェンスの天才だ」
「......」
Zは一息ついた。
「この業界の第一線を退いて数十年...」
「......」
「実力のピークを過ぎてからゆうに半世紀...」
「......」
「それでも誰も老人を仕留められない」
「......」
「老人は極めて象徴的な存在だった」
「......」
「いわば首級だ」
「......」
「老人の死は、新しい時代の幕開けの意義を持つ」
「......」
Zはまた一息ついた。
「こんなにやりにくい仕事はなかった」
「......」
「だってそうだろう?」
「......」
「100才近い老人が死んだところで...」
「......」
「天寿を全うしただけにすぎない」
「......」
「ただの大往生だ」
「......」
「こちらは単にお迎え役を務めるというだけのことだ」
「......」
「100才近く生きていること自体が老人には勲章で...」
「......」
「こちらは結果を出して当然の立場だ」
「......」
「こんなにやりにくいことはない」
「......」
Zは大きくタメ息をついた。
「しかも老人は防御の天才」
「......」
「実績は十分」
「......」
「かつての世界チャンピオンだ」
「......」
「普通に攻めたってかわされるのがオチだ」
「......」
「いかに老人の防御を解くかが最大の焦点だった」
「......」
「どうしたらいいのか、よく考えた末...」
「......」
「いかに途中経過を目に見えやすくするのか...」
「......」
「そのことに腐心することが重要だと気付いた」
「......」
Pは耳をダンボにした。
「ネットにたむろする10人の実力者を...」
「......」
「老人と同時に一斉にターゲットとすることにした」
「......」
「さまざまな実力者だ」
「......」
「みんな個性があり、技術も違う」
「......」
「かわすのが得意な者、跳ね返すのが得意な者...」
「......」
「消化するのが得意な者、散らすのが得意な者...」
「......」
「一癖も二癖もあるような連中だ」
「......」
Pの目が輝きだした。
「たとえばある攻撃を老人に仕掛けたとする...」
「......」
「その際、ネット上の10人にも同じ攻撃を仕掛ける」
「......」
「すると10人の内、何人かがその攻撃を無効化する」
「......」
「その防ぎ方は、老人もやりそうなことな訳だ」
「......」
「当然、老人も同様の防御で無事に済んだと考える」
「......」
「そしてそれに対してこちらは...」
「......」
「その防御法に対する修正を施して早急に再攻撃する」
「......」
「老人と10人、全員にだ」
「......」
「10人とは過去にそれぞれ対戦経験があり...」
「......」
「技術的なクセは既に知っている」
「......」
「例えばある者が平気でいれば...」
「......」
「こちらの攻撃に対してどういう防御が有効だったか...」
「......」
「推測することができる」
「......」
Zは淡々と続けた。
「老人は外国にいるし、メディアに露出もしていない」
「......」
「ネット上で様子を伺うこともできない」
「......」
「現実的事象として成果確認が何も得られない」
「......」
「こちらの攻撃が有効かどうか判定が難しい」
「......」
「自分の脳内で、やった! 決まった! などと...」
「......」
「自己満足して終わることだけは避けたかった」
「......」
「それでは間違いなく失敗すると知っていたからだ」
「......」
Pは黙って聞いていた。
「なんといっても老人は100才近い」
「......」
「有効打がヒットさえすれば...」
「......」
「あと一押しさえできれば...」
「......」
「老人は往生を遂げるだろう」
「......」
「有効打であと一押しさえできれば、だ」
「......」
「ネット上の10人はいずれも手強かった」
「......」
「ある攻撃で7人が沈黙しても3人は無事だったり...」
「......」
「残った3人を沈黙させる間に他の数人が復活したり...」
「......」
「叩けども叩けども誰かが残った」
「......」
Zは渋い顔をした。
「ある確信があった」
「......」
「それまでの多くの経験から得られた確信だ」
「......」
「様々な異なるタイプの実力者10人を...」
「......」
「同時に48時間、一斉に沈黙させられれば...」
「......」
「老人に最後の一押しを打撃できるはずだと」
「......」
「沈んでも10人は結局は立ち上がるだろう、若いからな」
「......」
「だが老人は年齢的に後がない、再生力は底をついている」
「......」
Zは目を細めた。
「とにかく想定される防御法への修正速度がポイントだ」
「......」
「誰かがかわす、修正して全員へ再攻撃...」
「......」
「誰かが散らす、修正して全員へ再攻撃...」
「......」
「当然、みんな反撃してくる」
「......」
「10人にはそれぞれ4~5人の仲間がいて助太刀してくる」
「......」
「つまり総勢50人を相手にしての争いだ」
「......」
「こっちは自分のことも防ぎながら...」
「......」
「夜となく昼となく、休むことなく全員に攻撃を続ける」
「......」
「ただ老人に引導を渡すために」
「......」
(中略)
「丸々、二ヶ月が過ぎた」
「......」
「ようやくその日は訪れた」
「......」
「10人がみな同時に、48時間以上沈黙した」
「......」
「こちらの粘りが実った」
「......」
Zはまだ淡々としていた。
「しばらくしてあるニュースを知った」
「......」
「フランスの世界的大富豪が死んだ」
「......」
「知っている者なら誰もが知っている人物だ」
「......」
「現在の世界が現在の姿であることに関して...」
「......」
「大きな責任を負っている人物だ」
「......」
Pは瞬きもせずZを見つめていた。
「老人の死はひとつの区切りを意味した」
「......」
「ひとつの時代の幕引きであり...」
「......」
「新しい時代の到来を予感させる象徴的な出来事だった」
「......」
Zは黙った。Pが久々に口を開いた。
「その老人ひとりにトドメを刺すために...」
「......」
「老人とは無関係な10人に攻撃?」
「......」
「......」
「その通りだ」
「......」
「ためらいは無かった」
「......」
「10人全員が尊大な狂い人だったからだ」
「......」
「自称神、自称天使、自称絶対者、自称王者...」
「......」
「自称救世主、自称悪魔、自称支配者、自称絶対的善...」
「......」
「全員がヘドの出るような連中だった」
「......」
Zは珍しく語気を強めていた。
「この数年いろんな奴に...」
「......」
「鬼、悪魔、腐れ外道などとよく呼ばれてきた」
「......」
「何ら反論はしない」
「......」
「きっとその通りなのだろう」
「......」
「汚い仕事を誰よりもやってきた」
「......」
「しかし自分のことが心底大事な者ばかりであったなら...」
「......」
「きれいなままでいたい者ばかりであったなら...」
「......」
「何一つ変わることはなかったはずだ」
「......」
「いまでは自分の仲間たちにはこう話している」
「......」
「すべての責任は私がもつ、と」
「......」
Pは目をつぶった。
「さっきの話には続きがある」
「?」
「老人の死のすぐあとに...」
「......」
「90才近いある日本人が死んだ」
「......」
「知ってる者なら誰でも知ってる人物だ」
「......」
「後追いの死だったようだ」
「......」
「れっきとした病気が死因ではあったが」
「......」
「なぜ後追いしたのか、やがて理解できた」
「......」
「これ以上のことは気色悪くて話せない」
「ん?」
「若い二人ならまだしも、老人二人だしな」
「ん? ん?」
「もう何もいわん」
「んんー?」
「......」
「......」
「......」
Pは声を上げた。
「アッー!」