こうすれば良かったのか 人質事件
確かに
こうすれば、これから日本人は人質に取られないかも。
「日本の首相の対応がおかしかった」という人が居るかもしれないけど
こんなやり方でもしなければ、答えなんてでないと感じた。
文句言っている人は
答えが無いか、何も分からない人なのか
文句が言いたいだけなんだ と感じる。
人質を取られた時の対応 ロシア編
1985年にレバノンで起きたソ連外交官誘拐事件
事件解決のためにKGBが使った凄い手段とは
http://www.businessnewsline.com/news/201405192115470000.html
RedditのToday I Learned(TIL)を読んでいたら、1985年9月にレバノン起きたヒズボラによるソ連外交官4名の誘拐事件をソ連のKGBが驚くべき方法で解決したことを伝えた記事が話題に上っていた。
この記事は既に30年近い昔の記事のため、当時、そういう事件が起きていたということを知る人はほとんどいないかもしれない。しかし、記事によると1985年9月にレバノンでヒズボラによってソ連外交官4名が誘拐されるという事件が起きたのだという。
ヒズボラはソ連外交官4名と引き換えにソ連に拘束されている捕虜の釈放を要求してきたが事件はその後、膠着状態に陥ったことで、進展を求めたヒズボラは人質の一人を殺害した。
ところが、ソ連は同胞が殺害されたことを知ると、却って態度を硬化し、改めて強硬な手段で事件の解決を目指すこととなったのである。そして、それを任されたのがKGBとなる。
事件の解決を任されたKGBは、ヒズボラと交渉などはせず、ソ連外交官の誘拐を行った犯人グループのリーダーを特定し、そのリーダーの甥を誘拐した。
そう説明するとKGBは、その甥と引き換えに外交官の解放を求めたと考えるかもしれないが、そうではない。
KGBはヒズボラのリーダーの甥を誘拐すると、その甥の体の器官の一部を切断し、その切断した体の一部をヒズボラの送ることで、外交官の即時解放を要求したのだという。
そして、親戚の体の一部を送り付けられたヒズボラは、KGBの手口に恐怖し、直ぐに、外交官を解放したと、その記事では説明されていた。
しかし、これで終わったわけではないのである。
その記事には書かれていないが、Redditの書き込みによると、KGBは外交官が解放されたことを確認すると、誘拐したヒズボラの幹部の甥は解放せずに殺害したのだという(それもヒズボラが殺害した外交官の殺害方法と同じ手口で)。ヒズボラは誘拐したソ連外交官の内、一名を殺害しており、ソ連も一名も殺害しなければバランスが取れないというのがKGBの論理なのだという。
政治家でも報道番組でもコメンテーターでも
自身の意見や解決策を言わずに批判しているモノは
なかなか、信用し辛いね。
追記
旅券返納 カメラマン
職業:フリーカメラマン(自称)
フリージャーナリスト(自称)
フリースクール講師(自称)
本職:民宿B&B風々経営(倒産)
年収60万、借金リスト作成中。
副業:福島 原発バイト(一水会関連企業)
人脈:尊敬する人:小沢一郎、香山リカ
所属:九条の会
講演:前進社(中核派)主催の会合など多数
趣味:人間の盾。五味宏基(毎日新聞記者・アンマン空港爆破事件犯人)と参加
自称フリーカメラマン杉本祐一さん
国外に出したら駄目な奴だったwwwwwww
http://jacklog.doorblog.jp/archives/43297819.html
「自己責任で行く」とか「人質になっても助けなくて良い」
とか言わない、卑怯者の不思議。 何がナントカの自由かと。。
こういう人を扱う報道局は~ っと。
テレビの違った見方も面白い。
イスラム国 後藤健二 イラク日本人人質事件 湯川遥菜 シリア北部