「南京大虐殺」捏造
あれだけ
日本にやられたと言っていたが
その時、中国政府は助けもしないで何をしていたのかと。
アメリカの友人に問い詰められ、困りました。
「中国人はずっと、
日本人は南京大虐殺で中国人を大量に殺害したと言っている。
だがそのとき、中国軍は何をしていた?自国民を救わなかったのか?」
「中国人はずっと、日本人が南京で
中国人を大量に殺害したと言っている。
この大虐殺は二、三カ月もの間続いたとのことだが、
その間中国の兵隊はどこにいた?
二ヶ月も続いたならば、どこにいても駆けつけることができたはず。
中国軍はなぜ南京の市民を守らなかった?」
「南京大虐殺」は捏造だった
中国兵たちの悪行に辟易していた南京市民たちは
日本軍の入城を歓声をもって迎えた。
これは日本軍の入城式の日
(1937年12月17日)に、
食糧やタバコの配給を受け、
歓声をもって迎える南京市民ら。
市民がつけている日の丸の腕章は、
民間人に化けた中国兵ではないことを証明するために
日本軍が南京市民全員に配ったものである
(毎日版支那事変画報 1938.1.11発行)
南京市民に食糧等を配る日本兵たち。
(イギリス系新聞「ノース・チャイナ・デイリー・ニュース」
1937.12.24付 南京占領の11日後)
南京市民と楽しく会話する日本兵ら
(1937.12.20撮影 南京占領の7日後
支那事変写真全集1938年刊)
日本軍による南京占領5日目の朝日新聞
(右)
武器も持たず中国人から買い物をする日本兵。
(中上)
南京に戻ってきて畑を耕す中国人農民。
(中下)
平和になって南京に戻ってきた中国人ら。
(左)
中華街の名物、街頭床屋。子どもも大人も
手製の日の丸の腕章をして笑っている。
(朝日新聞 1937.12.18付)
http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/nankingmj.htm
南京占領8日目の朝日新聞。
タイトルは「きのうの敵に温情《南京城内の親善風景》」
(右上)
治療を受けている中国傷病兵
(左上)
日本軍将兵の情に食欲を満たす投降兵
(真ん中)
中国人のお店で買い物をする日本兵ら
(右下)
山田部隊長と語る敵の教導総隊参謀、沈博施小佐
(左下)
南京城内でくつろぐ中国人市民ら
(朝日新聞1937.12.21付)
南京の病院の中国負傷兵と看護する日本兵
(ノースチャイナ・デイリー・ニュース
1937.12.18付 南京占領の5日後)
中国負傷兵を看護する日本の衛生兵
(南京占領の7日後 1937.12.20林特派員撮影
朝日版支那事変画報1938.1.27刊)
「中国人は日本人カメラマンが行くと、
積極的に子供をかかえて撮影に協力してくれる。
日本兵や日本人を恐れていなかった」
(カメラマン佐藤振寿氏。南京占領の2日後
1937.12.15撮影 南京安全区にて)
日の丸の腕章をつけ、
通りで野菜を販売する南京市民
(1937.12.15 南京占領の2日後)
疫病防止のため
南京市民に予防措置を施す日本の衛生兵
(南京占領の7日後
1937.12.20林特派員撮影 朝日グラフ 1938.1.19刊)
日本兵から菓子をもらって喜ぶ南京の家族
(1937.12.20撮影 朝日版支那事変画報1938.1.27刊)
中国で政府の嘘に気付く若者が増加
「日本による南京大虐殺は大ウソ!、やったのはお前ら中国政府だ」
http://55vip555.ldblog.jp/archives/32063456.html
アメリカ人「南京大虐殺の際、中国軍は何処で何をしていた?」
中国人「資料に載ってないから分からない
http://treasonnews.doorblog.jp/archives/33901364.html