リーマンショックショックの始まり de 終わり
2008年、ウォン安が進んだことでドル不足が深刻化
やはり10年前の時と同じくデフォルトの危機を迎えていました
当時米国政府は内部的にすでに崩壊していた
リーマンブラザーズの引き受け手を探していました
その売却交渉の相手には日本のメガバンクもありましたが
巨額の不透明な負債に話は不成立
そこに韓国は目を付けて手を挙げました
韓国政府系の銀行であるKDBがリーマンブラザーズに株式の25%取得を提案
サブプライムローン問題が表面化して資金繰りが悪化していたリーマンにとって
大きな資金を得られる提案でした
リーマンの倒産を回避したい米国政府の思惑もあり、
韓国債の格上げなどによって
9月の韓国の外債の償還期限をやり過ごすことができました
これで韓国はピンチをやり過ごしたわけですが
やり過ごした途端に「やっぱリーマンの件は無しね」と交渉打ち切り
(参考:追い詰められたリーマン、韓国政府系銀行との資本増強交渉が不調に終わる)
これがリーマンブラザーズにとどめを刺す事になり、破綻
いわゆるリーマンショックを引き起こしました
こうした経緯を日本のマスコミはまともに報じずに
リーマンが破綻したことだけを報じました
