死んでしまってからを心配しても何の意味もないけれど、
死んでいく過程には、何らかの希望があると思う。
歳をとってからの“お独りさま”が“孤独死”を恐れるのは、一般的かもしれない。
そして、孤独死する方の8割は男性という事実。
「血縁主義」は既に失われているのに、社会・行政は「血縁主義」が絶対。
“血は水よりも濃し”は死語で、“兄弟は他人の始まり”が現実なのかな。
映画「おみおくりの作法」のように、全くの他人が深く死者を悼むのは稀有。
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