友人が「こないだまで凹んで人間不信になりそうだったよ」って言ってました。

AさんとBさんの仲が悪くなって、お互いから話を聞かされるのですが、2人の言っている事が全然違っていて「えっ?」てなったみたいです。

 

僕もそういう経験があったから、「そうなんだよね。でも多分どちらかが嘘をついてるんじゃなくて、その人本人にはそれが現実に起きてる事なんだよね」って言ったら、友人も「分かる。きっとそうなんだよね」って言っていました。

 

不思議ですよね?

でも皆さんもそんな経験した事ありますか?

 

本当に勘違いしてるなーとか、解釈が少し違くない?ってレベルじゃなくて、全然違う事をお互いに言っているのです。

 

そこでちょっと思いました。

 

○○された。とか、○○した。

って個々の出来事じゃなくて、お互いの関係性の問題なのかな?って。

 

例えば昔僕が仕事をやっていた時、ただ歩く移動の時間がもったいないから、なるべく何かやるようにしていました。

 

何故かというと飲食店とかだと店員がオーダーを取りにお客様の席に伺った後、厨房に注文を入れに戻りますが、ただ手ぶらで歩いて厨房まで戻るのではなくて、戻る途中の席に空の食器があれば下げて厨房(洗い場)まで持ち帰る様に指導されます。

それと同じ考え方で、仕事中にただ移動の為に歩くことがとても時間というか労力がもったいなく感じてしまうからです。

 

例えば、誰かが作業をして空箱が出たり片付ける物があってそれが大量で作業スペースからはみ出したりしていた場合、僕が移動する場所の途中に空箱を捨てる場所があれば、空箱をついでにもらっていくとか。

 

もし、僕とその人に信頼関係があれば…

 

片付けてくれて有難うってなると思いますウインク

 

もし、信頼関係がなければ…

 

嫌味かよ!忙しくて作業スペースからはみ出したんだよ。後でちゃんと自分で片付けようって思ってたんだよプンプン

 

なんて思っちゃうかもしれないかな?

 

この場合、空箱を片付けるって行為がどうこうじゃなくて、その人との信頼関係が有るか無いかだと思います。

 

もしそれを他人に大雑把に説明したら、

 

○○さんて気が効くね

 

って話と

 

○○さんて嫌味な人で…

さらには、話に尾ひれがついて、○○さんが長嫌味っぽく○○して。なんて話に変換されちゃったりするのかなー?

 

あくまでも僕の想像ですけどねw

 

でも、信頼関係が出来ている人に対しては大抵の事をプラスに考える。

逆に信頼関係がない人(嫌い、苦手)に対しては、全てを悪い方に捉えてしまうのではないでしょうか?

そういうパターンて結構ありそうですよね。

 

ましてや他人に話すときは、事実をたんたんと話すのではなくて、感情が(この場合は嫌いとかの感情)入って話すから結構話がこじれそうです。

でもそれは話している本人も悪気があるわけではなくて、本当に事実としてそういう嫌な出来事が起きている訳です。(たとえ相手がそういうつもりでなかったとしても、本人にとってマイナスに捉えた事が事実と。して残るのだと思います)

もしかしたら、一旦心をニュートラルに戻して見方を変えると、「なんだ、大した事じゃないな」と思える事って意外と多いかもしれないですね。

 

そうそう、会社の残業だって本人は責任感で何とか仕事をやり切ろうと頑張っているのに、周りに残業代を稼ぎたいのかな?とか家に帰りたくないのかな?って捉えられる ことだってあるわけですし。

 

真実は一つだけど、それの解釈は人の数だけあるって聞いたことがありますが、正にその通りだと思います。

 

冒頭に書いたAさんBさんの話も、真実というか起きた事象は一つだったけど、解釈はAさんBさんそれぞれあったのでしょう。

関係がこじれていたAさんBさんは解釈もそれぞれ相手に対して悪いイメージの解釈で、それをそれぞれから聞かされた僕の友人は2人が言っている事がちがうってなって、恐らくその内容もマイナスな内容だったから凹んだんじゃないかと思います。

 

ちょっと僕の予想が入っているブログになってしまいましたが、これが今回のケースに合っているか合っていないかは別の話として、いずれにしても解釈は何通りもありますから事象に一喜一憂せず、まず周りの人との信頼関係をしっかり築ける様に、自分に出来る事「約束を守る」とか「相手の価値観を尊重する」といった事を心がけたいと思います。

 

本日もお読みいただきありがとうございました。




写真は本日読んだ本です。

まだ途中ですが、隙間時間を使って明後日位までには読破しようと思いますウインク