NHKが、発達障害のキャンペーンを行なってましたね(BS4K/8Kの前に終わり?)。

知人の娘さんがASDの一種のアスペルガーだと聞いたのが90年代中頃。幼い頃は時々かんしゃくを起こし、私の息子(娘さんより少し年上)が戸惑う場面が何度かありました。成人した今、絵が上手で入選を繰り返しているものの生計には程遠く、自閉傾向もあって疲れ易い上に朝にも弱く、夕方からスーパーでパートもしているそうです。

地域の青少年団体でLDの幼児と出会ったのも、同じ90年代中頃。今思えば学習障害だけではなかった様で、その子と会う時は、袖やズボンがびっしょり濡れても構わない服を着ていた当時が、懐かしく思い出されます。今は、業務が限定された社員として、衣料品チェーン店舗のバックヤードで働いているそうです。

同じ団体で、ADHDの幼児を入学前の2年間ほど休日に補助したのが2000年前後。母親が見えないと急に走り出すことがあり、特にハイキングでは目を離せない緊張がありました。入学直後は、授業中の多動を黙認されていたそうですが(正確には不明)、その子と最後に会った高学年の頃は、母親と習字教室に通う途中と言っており、雰囲気も大きく変わって見えました。

そして、発達障害がそれらの総称と知ったのは00年代中頃。以来、以前なら知的障害や変わり者扱いもされていた発達障害の認知や診断は徐々に進み、理解者も増えている様です。軽度の方も含めると10人に1人にもなるので、知名度って重要なんだなぁと改めて思いますね。反面、多様性との認識には程遠く、本人の発達障害との気付きも診断も遅れる傾向はなかなか改善しません。孤立無援状態から抜け出せなかったり、発達障害との言葉が差別の温床になって二次障害になるケースもあるとのこと、心が痛みます。

どんな障害にも固有の事情はありますが、やっぱり発達障害って難しい。外見からは見え難い心の問題だし、支障となる状況・程度・頻度・本人の感じ方まで違い、一人一人を理解しなければ支援できないから。出会う方も増えてそれなりに理解しているつもりでも、発達障害と分からずにすれ違っていたケースもあった筈だろうな。

その支援のあり方について考えさせられたのが、EテレのハートネットTV「自閉症アバター」。定年後のセカンドライフならぬ、仮想空間のSecondLife。去年見た時、オワコンと思っていたSecondLifeがまだ健在で、自閉症の方のコミュニティで使っていると知りました。要は、SecondLifeの負の側面を使わなければいいんですからね。今年の続編では、バーチャル空間の感覚過敏や鈍麻への有効性、当事者同士ですら匿名を希望する自閉症の方の存在、そして匿名だからこその円滑なコミュニケーションに気付かされました。でも、それでも、私が理解できたのはほんの一部なんだろうなぁ。

と、キャンペーンを機に書き出したら、止められなくなっちゃってます。余りにも長くなりそうなので、少々ブレークオフを。